白虎
びゃっこ · 西方白虎 · 監兵
中国神話の霊獣。四神の一で、西方と秋・金気をつかさどる守護獣。白い虎の姿をとり、邪を退ける辟邪の力をもつとされ、青龍と対をなす。
解説
概要
白虎(びゃっこ、Báihǔ)は、中国神話の四神の一で、西方をつかさどる守護獣である。白い虎の姿をとり、五行では金、四季では秋、二十八宿のうち西方七宿に配される。東方を守る青龍と対をなし、「左青龍・右白虎」と並び称されて、方位と秩序の象徴とされた。秋の粛殺(しゅくさつ=草木を枯らす気)と結びつき、邪を退け災いを祓う辟邪(へきじゃ)の力をもつと信じられた。
由来と信仰
竜と虎を左右に配する観念は、四神の体系より古い。河南省濮陽の西水坡遺跡(仰韶文化、前5千年紀)の45号墓では、葬られた人の東側に貝殻を並べて形づくった竜が、西側に同じく貝殻の虎が置かれていた。湖北省随州の曾侯乙墓(前5世紀後半)から出た漆箱の蓋には、北斗を表す「斗」の字を中心に二十八宿の名が環状に書かれ、その両脇に竜と虎が描かれる。二十八宿の名をすべて記した例として最古のものである。
西方七宿の奎・婁・胃・昴・畢・觜・参が虎の形に見立てられ、やがて五行思想と結びついて、西・金・秋・白を象徴する存在となった。もっとも司馬遷『史記』天官書は西の宮を「咸池」と呼び、白虎の名は参宿の説明に限って用いている。西方全体の獣を白虎とする整理は、『淮南子』天文訓などで定まった。道教では監兵神君(かんぺいしんくん)として、青龍とともに宮観を守る護法神に位置づけられる。
その猛威ゆえに、白虎は凶神の名ともなった。香港や広東では、驚蟄の日に紙の白虎に豚の脂身を供えて口を塞ぐ「祭白虎」を行い、口舌の災いや小人の害を避ける習俗が今日も見られる。
図像と象徴
白虎は、全身を白く彩った虎として描かれる。漢代には、墓室の西壁や軒先を飾る瓦当(がとう)に、躍動する虎の姿が刻まれた。本項の主画像もそうした瓦当の一つである。しばしば翼や炎状の毛をともない、霊獣性が強調される。銅鏡や画像石では、青龍・朱雀・玄武とともに四方に配され、宇宙の方位秩序を一図のうちに凝縮した。
高句麗の江西大墓(6世紀末〜7世紀初め)では、玄室の西壁いっぱいに、細身の胴をうねらせ口を開いた白虎が描かれる。日本では高松塚古墳とキトラ古墳(いずれも7世紀末〜8世紀初め、奈良県明日香村)の西壁に白虎が残り、大陸から半島を経て伝わった四神図の型を示している。
関わる伝承
白虎は青龍・朱雀・玄武とともに四神をなす。四者は方位・季節・五行を分かち持ち、天と墓を守る一組として一体で語られる。中央に黄龍を加えて五方の神とする説もある。
文化的足跡
「左青龍・右白虎」は、風水や都城の地相をみる語として今日まで用いられる。平安時代の作庭書『作庭記』は、西に大道のある地を白虎にかなうものとする。後漢の章帝が79年に洛陽の白虎観に儒者を集めて経書の解釈を論じさせ、その結論を班固がまとめたのが『白虎通義』で、宮中の殿舎の名を介して書名にも白虎が残った。幕末の会津藩は年齢別の部隊に四神の名を付け、16〜17歳の少年で編成した白虎隊が戊辰戦争で知られる。
なお道教と中国の民間信仰は今日も信仰されている生きた伝統であり、本項の記述はその神格の伝承と図像に関する学術的な整理である。