ヴェスナ
ヴェスナ · ヴェスニク · Vesna
スラヴ諸語で「春」を意味する語が神格化された存在。中世の資料に名はなく、19世紀の民族運動のなかで春の女神として構成された面が大きい。冬の女神モラナと対をなすという理解も近代のものである。スロヴェニアでは複数の存在とされる。
解説
概要
ヴェスナは、スラヴの伝承、とりわけ南スラヴで、春と若さに結びつけられた女性の存在である。名はスラヴ諸語で「春」を意味するふつうの言葉そのものである。春の農村の儀礼と結びつけて語られてきたが、中世の資料には名が見えず、「春の女神ヴェスナ」という姿の多くは、19世紀のロマン主義の時代に組み立てられたものである。
なお本サイトの分類では、スラヴ神話の体系に含めて扱う。
春そのものの名
「ヴェスナ」は、スラヴ諸語で春を意味する普通の名詞である。インド・ヨーロッパ語族に共通する古い語根にさかのぼり、ラテン語の「ウェール」、ギリシア語の「エアル」、サンスクリット語の「ヴァサンタ」と同じ源を持つ。季節の名が、そのまま女性の存在の名になっているのである。男性の相方ヴェスニクとともに、春の農村の儀礼と結びつけて語られてきた。
資料の問題
ヴェスナについての古い記録は、きわめて乏しい。中世に記されたスラヴの神々の一覧には、この名は見えない。春の女神としての姿は、19世紀のロマン主義の民族運動のなかで組み立てられた面が大きい。冬と死の女神モラナと対をなすという理解も、近代になってからのものである。
一方で、春の訪れを祝う儀礼そのものは、実際に行われていた。冬の終わりにモラナの人形を焼いたり、川に流したりする習わしである。儀礼は確かにあっても、それに対応する女神の存在は確かめられない。実際の営みから神をさかのぼって組み立てることの危うさが、ここに表れている。今日「スラヴ神話の春の女神ヴェスナ」として語られる内容には、近代に組み立てられた部分が多く含まれている。
スロヴェニアのヴェスナ
スロヴェニアの伝承では、「ヴェスナ」と呼ばれる美しい女たちが山の頂の宮殿に住み、人の運命を定めるという。一柱の女神ではなく複数の存在であり、南スラヴの妖精ヴィラの観念に近い。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、ドイツの画家ベルンハルト・ローデの《春の寓意》(1785年、エルミタージュ美術館)である。西欧の寓意画の春であり、スラヴのヴェスナを描いたものではない。春を擬人化して描く習いを示す一例として掲げる。
関わる神格・伝承
モラナと対をなすとされ、春がイリイからやって来るという観念と結びつく。
文化的足跡
「ヴェスナ」は、今日もスラヴ諸国で女性の名として広く用いられている。
なおスラヴの民間伝承は今日も語り継がれており、本項の記述はその伝承に関する学術的な整理である。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。