イリイ
イリイ · ヴィライ · ヴィリイ
スラヴの伝承で、冬に渡り鳥と蛇が去り、死者の魂も向かうとされた彼方の国。暖かい海の向こうにあるとされ、鍵を預かるカッコウが最初に飛び去る。楽園の世界樹を指すこともあり、キリスト教の楽園の訳語にもなった。
解説
概要
イリイ(ヴィライ、ヴィリイとも)は、スラヴの伝承において、冬に渡り鳥が飛んでいく先であり、死者の魂が向かう先でもある場所である。ときに楽園と同一視され、春はここから地上へやって来ると信じられた。
なお本サイトの分類では、スラヴ神話の体系に含めて扱う。
鳥と魂が同じ道を行く
秋になると鳥たちは去り、春になると戻ってくる。その行き先がイリイであるとされた。死者の魂もまた同じ場所へ向かうと考えられ、鳥が魂を運ぶとも語られる。季節ごとの渡りという観察が、死者の国の観念と結びついたのである。
世界樹の上に
イリイの名は、楽園と並んで楽園の世界樹を指すこともあった。イヴァノフとトポロフらは、天と地下を結ぶ大樹の梢にイリイを置き、根もとに死者の世界(ナヴ)を置く世界像を復元し、北欧のユグドラシルと比べている。ただしこれは研究者の再構成である。民間の伝えが語るのはむしろ、西か南西の暖かい海の彼方にある国で、そこへは水や渦を通って行くという像である。
春を開く鍵
イリイの門には鍵がかかっている。鳥と蛇は十字架挙栄祭(9月14日)のころイリイへ去り、春の四十致命者の日のころに戻るとされた。鍵を預かるのはカッコウで、そのため最初にイリイへ飛び去るのだという。はじめ鍵は鴉が持っていたが、神々の怒りを買って取り上げられ、春に最初に姿を見せるヒバリに渡されたという話もある。
楽園の訳語
西スラヴや南スラヴの言葉では「ラーイ(ráj)」が楽園を意味し、キリスト教の楽園の訳語として用いられた。この語はイランの言葉で「富」を意味する語からの借用とする説があり、イリイとの語源上の関係については議論がある。いずれにせよ、在来の他界の名がキリスト教の楽園を言い表す訳語になったことは確かである。
図像と象徴
固有の図像は伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。
関わる伝承
渡り鳥の帰還とともに春を運ぶ場所として、春の擬人化ヴェスナをめぐる近代の説明とも結びつけられる。
文化的足跡
「ヴィリイ」の語は、今日のウクライナ語とベラルーシ語で、渡り鳥が冬を越す土地を指す言葉として使われている。
なおスラヴの民間伝承は今日も語り継がれており、本項の記述はその伝承に関する学術的な整理である。