テオクリュメノス
テオクリュメノス · Theoklymenos · Theoclymenus
『オデュッセイア』に登場する予言者。同族殺しの咎で放浪していたところをテーレマコスに拾われ、オデュッセウスの帰還と求婚者たちの死を予言した。
解説
概要
テオクリュメノス(Θεοκλύμενος / Theoklymenos)は、ホメーロス『オデュッセイア』の後半に現れる予言者である。メラムプースの子孫で、父は予言者ポリュペイデース。
物語のうえでの役割ははっきりしている。彼が語ることはすべて正しく、そして誰にも信じられない。読者だけが真実を知らされ、登場人物は知らないままでいる——その落差を作るために置かれた人物である。
神話・物語
同族の者を殺し、報復を避けてアルゴスを逃れた彼は、諸国を放浪していた。ピュロスで出航前の祈願をしていたテーレマコスに出会い、同船を求める。テーレマコスは快く応じた。嘆願者を受け入れるという作法が、そのまま予言をイタケーへ運び込む装置になっている。
イタケーに着き、ペーネロペーに求婚者たちが群がっている事情を知った彼は、鷹が鳩をつかんで飛ぶのを見て、鳥の前兆から王権がオデュッセウスの一族を離れることはないと告げた。
館では、テーレマコスが旅先で得た父の情報を母に語る場に居合わせ、口を挟んで、オデュッセウスはすでにイタケーに帰り着き、求婚者たちを滅ぼそうとしていると予言する。事実そのとおりであったが、ペーネロペーは信じなかった。
弓競技の前日、求婚者たちの宴で彼が見たものが、この人物の頂点である。彼らの頭と顔は闇に覆われ、頬には涙が流れ、壁と梁は血に濡れ、館はエレボスへ急ぐ亡霊で満ちていた。日は空から消え、悪しき霧が下りている——そう語る彼を求婚者たちは笑い、彼は席を立って去った。翌日、その通りのことが起こる。
古典学では、この一連の場面が『オデュッセイア』にあとから挿入されたのではないかという議論が古くからある。彼を除いても筋は成立し、しかも彼の予言は、直後に起こる出来事を先に言ってしまう。逆に、この重複こそが破局を確定させる詩の技法だとみる立場もある。
図像と象徴
古代の図像は知られていない。彼が現れるのは会話と幻視の場面だけで、絵にすべき所作を持たない。求婚者たちの殺戮を描いた壺絵は少なくないが、そこに彼の姿はない。本ページに主画像を置いていないのはこのためである。
血に濡れた壁と亡霊に満ちた館という彼の幻視は、しばしば後代の文学が引く。見えているものと見えていないものを同じ部屋に重ねるという発想は、古代の図像がついに扱わなかった主題である。
系譜と関係
父は予言者ポリュペイデース、兄弟にハルモニデース。ポリュペイデースはメラムプースの子マンティオスの子であり、アムピアラーオスとは同じメラムプースの家系に連なる別の枝にあたる。
なお、エウリピデス『ヘレネー』に登場するエジプト王テオクリュメノス——プローテウスの子で、妹テオノエーの兄——は同名の別人である。
文化的足跡
『オデュッセイア』のなかで、彼は数少ない「職業としての予言者」である。ホメーロスの世界では予言はしばしば王や英雄が兼ねるが、彼は放浪する亡命者であり、宿と食事と引き換えに神意を語る。前8世紀以降のギリシアに実際にいた遍歴の占い師の姿が、ここに映っているとみる読みがある。