タウエレト
タウレト · タウルト · トエリス
出産と家庭を守るエジプトの女神。直立した雌の河馬に獅子の四肢と鰐の背をあわせた姿で表される。神殿も神話ももたないが、護符と呪具に最も多く現れる神の一柱である。
解説
概要
タウエレト(tꜣ-wrt / Taweret)は、出産と家庭を守るエジプト神話の女神である。名は「偉大なる女」を意味する。危険な神を宥めるための呼びかけ方であり、名そのものが、この女神が本来もつ荒々しさを言外に示している。
直立した雌の河馬に、人間の垂れた乳房、獅子の四肢、ナイルワニの背と尾を組み合わせた姿で表される。「天の女主人」「地平の女あるじ」「清き水の女あるじ」「誕生殿の女主人」といった称号を負った。
神話・物語
この女神にも物語はない。伝わるのは、河馬という動物をエジプト人がどう見たかである。
河馬はナイルに古くから棲み、その凶暴さで恐れられた。雄の河馬は混沌の現れとされ、王が狩りで打ち倒すことで神なる力を示す獲物になった。ところが雌の河馬は正反対の扱いを受ける。子を執拗に守るその振る舞いが、そのまま守護の徴と読まれたのである。同じ動物の雌雄が、混沌と守護とに振り分けられている。
タウエレトはイペト(「乳母」)、レレト(「雌豚」)、ヘジェト(「白き者」)といった他の河馬女神と区別しがたく、これらを同一の女神の諸相とみる研究者もいる。『ピラミッド・テキスト』呪文269は、天に昇る王がイペトの乳を吸うと告げており、この系統の女神が古王国期からすでに養育の役を担っていたことがわかる。
図像と象徴
護符と呪具に最も多く現れる神の一柱である。先王朝期にさかのぼる雌河馬形の護符があり、その製作はプトレマイオス朝・ローマ期まで途切れない。
中王国期の「魔法の杖」——河馬の牙を割って削り出した湾曲した板——には、ベスや蛇、獅子とともにタウエレトが彫られる。出産と乳児の保護に関わる儀礼で用いられたとみられ、床に線を引いて結界とした痕跡をとどめる例もある。手には保護の記号サや松明を握ることが多い。松明は悪しきものを焼き払う道具である。
星の側にも姿がある。セティ1世墓の天井に描かれた星座図では、北天に河馬の姿の星座が置かれ、鰐を背負って立つ。日常の護符と天の図とに同じ姿が現れる神は多くない。
本サイトが主画像に掲げるのは、ウォルターズ美術館蔵のタウエレト像(グレコ・ローマン期)である。膨らんだ腹と垂れた乳房、獅子の四肢という定型がよく見てとれる。
系譜と関係
親も配偶神も子も定まらない。系譜をもたないまま、機能によって他の神と結ばれる。
出産の場ではベスと組み、両者は同じ護符・同じ寝台・同じ壁面に並んで現れる。母なる女神という点でセクメトやハトホルとも重ねられた。マンミシでは、女神が子神を産む場を守る神として繰り返し描かれる。
文化的足跡
王家からは重んじられず、大神殿も、まとまった神話も残さなかった。神殿の記録に乏しいこの女神が、それでもエジプト美術のなかで最も多く残る神の一つであるのは、人が住む場所に置かれる神だったからである。国家の祭祀と民間の信仰とが同じ規模で残るわけではないという、資料の偏りをよく示す例でもある。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。