タチェネン
タテネン · タ・テネン · タネヌ
原初の丘を神格化したエジプトの神。名は「立ち上がった土地」を意味する。両性の創造神であり、メンフィスでプタハと結合してプタハ=タチェネンとなった。
解説
概要
タチェネン(Tꜣ-ṯnn)は、エジプト神話で原初の丘を神格化した存在である。名は「立ち上がった土地」「高められた大地」を意味し、ナイルの沃泥をも指す。
原初の大地の神として、創造そのものと同一視された。男性でも女性でもある両性の神格であり、下エジプトのメンフィス(当時の名メンネフェル)一帯で祀られた。
神話・物語
この神が体現するのは、大地が原初の水から立ち上がったその瞬間である。ベンベン石やマスタバ、そして後代のピラミッドが模したとされる原初の丘そのものが、そのまま神格になっている。
領分は地の下にある。「すべてが現れ出てくる」深い場所であり、植物も、野菜も、鉱物もそこから来る。この神は「食物と糧、神への供物、あらゆる善きもの」の源とされた。第3中間期の『クヌム大讃歌』は、この神を轆轤の上で「在るものすべて」を造った創造神クヌムと同一視する。そこから「すべての神々を産んだ創造者にして母」「すべての神々の父」という、相反する二つの称号を同時に負うことになった。
再生とナイルへの結びつきから、エジプトという土地そのものを人格化する存在ともされ、大地の神ゲブの一相ともみなされた。芸術的な着想の源であり、死者の来世への旅を助ける者でもある。
杖をもって原初の丘から混沌の蛇アペプを退けたとも語られる。隼に捧げられた呪術の棍棒を持ち、「大地の創造者たる偉大なる白きもの」として崇められた。国土に安定の柱ジェドをもたらしたとする解釈もあるが、これは通常プタハの功績とされる。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、エジプト学の慣行に沿って描かれた線図である。
図像は一定しない。プタハとの融合の結果と考えられている。多くは人の姿で、ファラオの付け髭をつけて坐す。冠はアテフ冠(プタハ=セケルとして)か、より一般的には牡羊の二本角の上に日輪と二枚の高い羽根を載せた形をとる。肌が緑色に塗られることがあり、これは植物との、そして地下との結びつきによる。
古い形であるタネヌ、タヌゥとして描かれる場合には、頭に二匹の蛇を戴く。地下の神格であることが、そのまま図に出ている。
男性でも女性でもあるという性格は、原初の創造神という位置づけに由来する。世界が分かれる前の状態を担う神格に、性別の区別を当てはめることができない——エジプトの宇宙論において、原初とは分節以前を意味する。
関わる神格・伝承
プタハと同じくメンフィスの神である。タチェネンのほうが古く、古王国においてすでにプタハと結合してプタハ=タチェネンとなった。両者が創造神であることが結合の根拠である。第19王朝までにはプタハ=タチェネンが唯一の形となり、王権の創造神として崇拝された。この形は、ヘルモポリスの八柱神——創造以前の原初の要素を体現する八柱——の父ともみなされる。
文献に現れるのは第1中間期から中王国の、主に棺に記された銘文である。そこでの名はタネヌあるいはタヌゥ、「動かぬ土地」であり、大地の原初の状態を担う神格としての性格を言い表している。タチェネンという形が現れるのは中王国の文書からである。
文化的足跡
日本語圏でこの神が紹介されることはほとんどない。メンフィスの創造神といえばプタハであり、それに先立つ丘の神は名を知られていない。
しかしエジプトの創造神話が繰り返し語るのは、水から一つの丘が現れたという一点である。ヘリオポリスも、ヘルモポリスも、メンフィスも、この最初の隆起から話を始める。タチェネンは、その隆起そのものに名を与えた神格である。神殿の基壇も、ピラミッドも、この丘の再現として造られた。エジプトの建築が何を模していたのかを知るうえで、この神は出発点にあたる。