スーパイ
スパイ · スーパイ · スパイ (インカ神話)
ケチュア語で「影」を意味する語に由来する、アンデスの霊的存在。本来は善悪いずれにも働く祖霊であったが、征服後にキリスト教の悪魔と重ねられた。
解説
概要
スーパイ(Supay、アイマラ語 Supaya)は、ケチュア語圏とアイマラ語圏に伝わる霊的存在である。語の原義は「影」であり、単一の人格神というより、影・魂・死者にまつわる存在の一類を指す語であった。地下界ウク・パチャに属し、生者の世界に紛れ込むと考えられた。
重要なのは、この語がもともと善悪のどちらにも傾きうる中立の概念であったという点である。スペイン人聖職者はこれをキリスト教の悪魔に当てはめ、今日の南米では supay はおおむね「悪魔(ディアブロ)」と訳される。本項がインカ神話の死と冥界の項目に置かれるのも、この読み替えを経た後の理解に沿う。
神話・物語
語の中立性は、征服直後の辞書に明瞭に残る。ドミンゴ・デ・サント・トマス『レクシコン』(1560年)は alliçupa(善い霊)と manaalliçupa(悪い霊)を並べて掲げており、後者を悪魔の訳語に充てた説教を引く。1586年の匿名辞典とディエゴ・ゴンサレス・オルギンの語彙集(1608年)は、çupay を端的に「影(sombra)」と定義する。ジェラール・テイラーはこれらを踏まえ、この語を「悪魔」と訳してきた伝統そのものが植民地期の誤読であり、本来は人を構成する霊的要素としての「影」を指したと論じた。
祖霊としてのスーパイは、生者を死後の世界へ導く役目を負うとされた。死者の魂は大河を渡ってウパイマルカ(影の里)へ向かい、その渡渉を黒犬が助けるという伝えが、アンデス各地に広く残る。橋を人の髪で編むという言い伝えや、渡し手を海獣とする海岸部の伝承もあり、細部は地域ごとに異なる。この導き手としての性格は、他の体系におけるプシュコポンポスと機能を同じくする。
一方で、年代記の記述は一様に否定的である。インカ・ガルシラーソ・デ・ラ・ベガは『インカ皇統記』で、先住民がこの名を口にするときまず唾を吐いたと記し、ウク・パチャを Zupaipa Huacin(悪魔の家)と訳した。フェリペ・グアマン・ポマ・デ・アヤラも、インカがワカや石や「悪魔」と語り合ったと書く。いずれも布教と統治の文脈にある証言であり、額面どおりには受け取れない。
ここで断っておく必要がある。今日しばしば語られる「ウク・パチャを統べる冥界の王」「善悪の均衡を保つトリックスター」といった体系的な人格神像は、その多くが植民地期以降の再解釈と、近代以降の通俗的な整理に負っている。先スペイン期の史料から直接たどれるのは、辞書類が伝える語義と、死者と影をめぐる観念のほうである。
図像と象徴
先スペイン期に遡るスーパイの図像は確認されていない。「影」であるものに定まった姿がないのは、むしろ当然でもある。今日この名で目にする造形は、いずれも植民地期以降にキリスト教の悪魔像と混ざり合って生まれたものである。
その代表が、ボリビア高地のディアブラーダで用いられる仮面である。石膏に彩色を施した大ぶりの面で、湾曲した角、剥き出しの牙、見開いた眼を備え、額や頬に蛇・蜥蜴・蟇といった生きものを這わせる。オルロ県パリアで1880年に作られ、現在は同地の博物館に収まる作例は、二匹の蛇を顔に、蜥蜴を額に配しており、この造形が19世紀にはすでに定型を得ていたことを示す。女悪魔チナ・スーパイの面もあり、かつては男が女装して踊った。
もうひとつの受け皿が、アンデスの家庭で用いられる扉つきの箱型祭壇レタブロである。古い作例は世界の二層を描いたが、近年のものは三層すべてを表し、最下段のウク・パチャに死者の魂と、翼と長い爪をもつ山羊面の者たちが並ぶ。有翼の天使も同居するが、担い手はこれを善悪の対決とは受け取らず、自然の力の釣り合いとして理解するという。
系譜と関係
スーパイは特定の神統に組み込まれない。親子や婚姻の系譜が語られるのは、むしろ植民地期以降に成立した鉱山の伝承においてである。ボリビアの鉱山地帯では、坑内の主とされるエル・ティオ(「おじさん」)とスーパイが重ねられ、ティオ・スーパイの名で呼ばれる。ティオの語源については、スペイン側が持ち込んだ Dios(神)の訛りとする説と、supay と呼び捨てるのを憚って「おじさん」と呼んだとする説が並び立つ。チナ・スーパイはその妻とされる。
地上の側では、雷を操って悪しきものを退けるカンデラリアの聖母が対置され、鉱山地帯ではこれを坑道の聖母と呼ぶ。聖母が母なる大地パチャママに、悪魔がスーパイに対応するという習合の構図が、この地で成立した。20世紀初頭の観察では、アイマラ語圏のほうが古い崇敬の形をとどめ、ケチュア語圏では忌むべきものと見る傾向が強いと報告されている。
文化的足跡
ボリビアのオルロで行われるカーニバルは、スーパイの名を負う悪魔たちの隊列を中心に据える祭礼であり、2001年にユネスコの無形文化遺産に登録された。鉱山労働者は坑内のティオ像にコカとアルコールと煙草を供え、地下から鉱石を取り出す代償を差し出す。地下界を、罰の場ではなく富と死の双方を蔵する領域と見る感覚が、そこには保たれている。現代の創作作品には、おおむね「アンデスの悪魔」として登場する。