プレゲトーン
ピュリプレゲトーン · ピュリフレゲトン · プレゲトン
冥界を流れる炎の河。「燃え盛るもの」を意味する名を持ち、水の代わりに火が流れるとされた。
解説
概要
プレゲトーン(Φλεγέθων / Phlegethon)は、冥界を流れる炎の河である。名はギリシア語で「燃え盛る」を意味する。ピュリプレゲトーン(Πυριφλεγέθων、「火の燃え盛るもの」)とも呼ばれる。
冥界の河のうち、水ではなく火が流れるのはこの一つだけである。
神話・物語
最も古い言及はホメーロス『オデュッセイア』第十歌にある。キルケーはオデュッセウスに、ペリプレゲトーンとコーキュートスがアケローンへ注ぎ合う岩のもとで招魂の儀礼を行うよう指示する。ここではまだ、この河の性質は説明されない。
詳しく述べるのはプラトン『パイドン』である。ソークラテースの死の当日を舞台とするこの対話篇は、地下の水系を体系的に描く。プレゲトーンはオーケアノスとアケローンの中間を流れ、湧き出る場所の近くで広大な火の領域へ流れ込み、地中海より大きな、水と泥を沸き立たせる湖をつくる。そして地を曲がりくねって進み、アケルーシアス湖の端に達するが、その水とは混じり合わない。さらに地を巡ってタルタロスへ流れ込む——地上の火山や温泉は、この河が噴き出したものだとプラトンは述べる。冥界の河が、地上の自然現象の説明として提示されているのである。
罰との結びつきは後代に強まる。ウェルギリウス『アエネーイス』第6巻では、タルタロスを取り巻いて燃える流れとして描かれ、罪人を閉じ込める役を担う。
図像と象徴
プレゲトーンを名指した古代の作例は知られていない。炎の河という観念は、絵にすれば単なる火となり、他と区別する手がかりを欠く。本項では主画像を置いていない。
ダンテ『神曲』地獄篇の挿絵の伝統において、この河は沸き立つ血の流れとして描かれた。ボッティチェッリ、ギュスターヴ・ドレらの挿絵がその系譜に属する。
関係する神格・退治した英雄
アケローンへ注ぐとも、タルタロスへ流れ込むとも伝えられる。コーキュートス、ステュクス、レーテーと並んで冥界の河に数えられる。
文化的足跡
ダンテ『神曲』地獄篇では、第七圏の第一の環をなす。ここは他者に暴力を振るった者の場であり、河には煮え立つ血が流れている。暴君や殺人者が、罪の重さに応じた深さで血に浸かり、岸をケンタウロスたちが巡回して、定めより浮き上がろうとする者を矢で射る。血の河という造形は、ダンテの創案である。古代の資料は火を語るのであって、血を語らない。
なお、ダンテはプレゲトーンとコーキュートスを、いずれもクレータの老人の像から流れ落ちる涙に発するとした。人類の罪が河の源であるという構想であり、古代の地下水系論をキリスト教の枠組みへ移し替えたものといえる。