オグミオス
オグミオ · オグミウス · ガリアのヘラクレス
ガリアの雄弁の神。老いたヘラクレスの姿で表され、耳を金と琥珀の鎖でつないだ人々を引き連れていたという。
解説
概要
オグミオス(Ogmios)は、シリアの諷刺作家ルキアノスが西暦175年ごろの作『ヘラクレス』で伝えた、ガリアの雄弁の神である。
この神についてルキアノスの記述以外の証拠は乏しい。彼が描いたような像は一つも見つかっていない。広く認められている傍証は、ブリガンティウム(現オーストリアのブレゲンツ)出土の二枚の呪詛板だけで、そこにこの名が呼びかけられている。ほとんどの研究者はこの神の実在を認めるが、少数ながら懐疑を表明する者もいる。
神話・物語
『ヘラクレス』はプロラリア——長い講演の前に読み上げる短い序——にあたる。ルキアノスはそこで、ガリアで見た奇妙な絵について語る。
ケルト人は彼らの言葉でヘラクレスをオグミオスと呼び、きわめて風変わりな姿に描く。ひどく年老い、わずかに残った髪は白く、皮膚は皺だらけで、老いた船乗りのように黒く灼けている。カロンか、タルタロスの下のイアペトスかと見紛うほどで、とてもヘラクレスには見えない。それでいて装備はヘラクレスのものである——獅子の皮をまとい、右手に棍棒、脇に箙、左手に引き絞った弓。
最も驚くべきはその先だという。この老いたヘラクレスは、耳をつながれた大勢の男たちを引き連れている。繋ぐのは金と琥珀でできた細い鎖であり、その鎖は神の舌の先から出て、人々の耳へ渡っている。引かれる者たちは苦しむどころか嬉しげで、鎖がゆるめば追いすがるようにしていた。
不審がるルキアノスに、ギリシア語を解するケルト人が説明する。われらは弁舌をヘラクレスに帰する、なぜなら彼が力ではなく言葉によって事を成したからだ。そして弁舌の力は老年において頂点に達する、と。ルキアノスはこの逸話を、老いてなお公衆の前で語りうる自分の力を示すために用いた。
図像と象徴
古代の作例は伝わらない。主画像は、ルキアノスの記述をもとにアルブレヒト・デューラーが描いた素描の初期の模写で、大英博物館が所蔵する。舌から伸びた鎖に耳をつながれた人々を老人が引く構図がそのまま図に起こされている。ルネサンス期の産物であって、古代ガリアの図像ではない。
象徴の核は、舌から出て耳に至る鎖である。言葉が人を縛るという観念を、これほど直截に形にした像は多くない。ルキアノスの記述はハルトマン・シェーデルの収集した古代浮彫の素描を下敷きにしているともいわれ、彼が実物を見たのかどうかにも議論がある。
系譜と関係
語源は割れている。ジョルジュ・ドタンらはギリシア語 ὄγμος(畝、道)からの借用を想定し、マッサリアのようにギリシア語が広く通じた地域でガリア語に取り入れられたとみる。ヤン・ド・フリースはこれに懐疑的である。クサヴィエ・ドラマールは印欧祖語 h₂óǵmos(道)の反映とみて「道を導く者」と解し、ピエール=イヴ・ランベールはケルト祖語 oug-(縫う)に求めた。
アイルランドのオグマとの関係は、古くから論じられてきた。オグマはオガム文字の発明者とされ、名も似る。しかしオグミオス、オグマ、オガムの三者を一つの語源で結ぼうとすると、年代と音韻の両面で未解決の問題が生じる。ルドルフ・トゥルナイゼンやアントン・ファン・ハーメルはこの関連そのものを否定した。当サイトでは名の系統上の対応として登録するが、確定した同源ではない。
文化的足跡
ルキアノスの文はルネサンス期に広く読まれ、「ガリアのヘラクレス」の名で知られたこの神は、多くの美術作品を生んだ。デューラーとハンス・ホルバイン(子)の素描がその代表である。言葉によって人を導く君主という寓意として、16世紀フランスの王権思想にも取り込まれた。碑文と像をほとんど残さない神が、一篇の短い序文を通じて近世ヨーロッパの図像に定着した——ケルトの神々の受容史のなかでも異例の経路といえる。