ネムティ
ネムティ神 · アンティ · アンタイオス
アンタイオポリスを中心に祀られたエジプトの渡し守の神。舟に立つ隼の姿をとる。『ホルスとセトの争い』でイシスを島へ渡してしまい、足の指を切り落とされた。
解説
概要
ネムティ(Nmty)は、エジプト神話の神である。上エジプト北部のアンタイオポリス(ペル・ネムティ)を祭祀の中心とした。ギリシア語形はアンタイオスだが、ギリシア神話のアンタイオスとは無関係とみられる。
信仰は古く、少なくとも第2王朝まで遡る。その時点で既に専属の神官がいた。もとはバダリ一帯——ホルス信仰の中心地——の守護神であったらしいが、資料が乏しく、本来の職能が何であったのか、あるいはホルスの特定の相を指す称号にすぎなかったのかは分かっていない。
神話・物語
時代が下るにつれ、この神は渡し守の神と理解されるようになった。名の「ネムティ」は「行く者」を意味する。舟の上に立つ隼として描かれるのは、ホルスがもと隼と考えられていたことによる。
登場する物語は一つである。『ホルスとセトの争い』は、オシリスの遺産をめぐる裁定を語る——上エジプトによる下エジプト征服の隠喩と読まれてきた挿話である。
セトは権力を得ようとして神々を集め、巧みな論を張って一同を説き伏せる。ただ一つ恐れたのは、ホルスの側に立つイシスの魔術であった。そこでセトは会議を島で開くことにし、渡し守のネムティに、イシスらしき者は誰であれ渡すなと命じる。
イシスは老婆に変装して現れた。最初に差し出した粥は断られたが、次に金の指輪を渡すと、ネムティはそれと知らずに彼女を島へ運んでしまう。イシスの魔術によって会議は覆される。
罰として、ネムティは足の指を切り落とされた。隼にとってこれは見た目以上に重い刑である。指がなければ止まり木に留まれず、舟の上に立ち続けることができない。職能そのものを奪う罰であった。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、エジプト学の慣行に沿って描かれた線図である。
図像は舟の上に立つ隼、あるいは隼の頭を持つ人として表される。渡し守という職能が、そのまま姿になっている。
物語における役どころも興味深い。この神は悪意で規則を破ったのではない。金を受け取り、相手を見誤って渡してしまっただけである。それでも刑罰は職能の中枢に及ぶ。神々の法廷が下す罰が、身体の一部を通じて機能を奪う形をとるという点は、マアトをめぐるエジプトの法観念を考えるうえで示唆に富む。
関わる神格・伝承
ホルスと近い関係にある。もともとホルスの一相であった可能性が指摘されるのは、隼という姿と、バダリという土地の共通性による。
祭祀の中心はアンタイオポリスと、上エジプト第12ノモスのペル・ネムティ(「ネムティの家」)。古王国末期の第6王朝には、この神の名を含む王名が二例ある。メルエンラー・ネムティエムサフ1世と同2世で、「ネムティは彼の守り」を意味する。王名に採られるだけの位置を占めていたことになる。
古い研究文献では、この神のヒエログリフをアンティまたはアンティと読んでいた。複数の研究によって、この読みが正しくないことが確認されている。
文化的足跡
日本語圏でこの神の名が現れることはまずない。『ホルスとセトの争い』の翻訳や紹介でも、渡し守は名を伏せて「渡し守」とだけ記されることが多い。
しかし古い研究書に「アンティ」の名で登場するため、日本語の文献でもその形で残っている場合がある。読みが訂正された神名がどう流通し続けるかという点で、注意を要する例である。