マソルーフ
マソルッフ · マソルウフ · Matholwch Wyddel
中世ウェールズ『マビノギ四枝』第二枝のアイルランド王。ブランウェンを妻に迎えながら家臣に促されて虐げ、両島の滅びを招いた。
解説
概要
マソルーフ(Matholwch)は、中世ウェールズのマビノギオン所収『マビノギ四枝』第二枝に登場するアイルランド王である。ブリテンの王ベンディゲイドヴランの妹ブランウェンを妻に迎えるが、その婚姻は同盟ではなく両島の壊滅をもたらした。
第二枝の惨劇を実際に引き起こすのはエヴニシエンであり、この王が自らの意志で動く場面はほとんどない。求め、侮辱され、なだめられ、促され、恐れて和平を乞う——彼は終始、他人に動かされる王として書かれている。
神話・物語
十三隻の船でハーレフの浜に着き、ブランウェンとの婚姻による同盟を申し入れた。話はまとまり、王の巨体を容れる家がなかったためアベルフラウの海辺に天幕を張って婚礼が催される。
宴の最中、エヴニシエンが厩の馬を見咎めた。妹が自分の許しを得ずに嫁がされたと知った彼は、アイルランドの馬を残らず傷つける。深く侮辱されたマソルーフは帰国しかけたが、ベンディゲイドヴランが新しい馬と、自分の背丈ほどの銀の杖、顔の大きさの金の盤、そして死者を蘇らせる大釜を贈って引き止めた。
この大釜には来歴がある。もとはアイルランドの湖から出てきた巨人夫婦——スァサル・スァイス・ゲヴネウィズとキミデイ・キメインフォスの持ち物で、マソルーフ自身が彼らを持て余し、鉄の家に閉じ込めて焼き殺そうとした相手であった。逃れた夫婦はブリテンへ渡ってベンディゲイドヴランに迎えられ、釜もそこへ渡っていた。つまりこの償いの品は、彼が国から追い払ったものが返ってきたにすぎない。その釜が、のちにアイルランドの死者を蘇らせて戦を長引かせる。
帰国後、ブランウェンは息子グウェルンを産み、はじめは慕われた。しかし三年のうちに家臣たちが馬の一件を蒸し返し、王に妻への報復を促す。王はこれに従い、ブランウェンを厨房へ追いやった。彼女がムクドリに文を託して兄を呼ぶと、ベンディゲイドヴランが全軍を率いて海を渡る。
恐れた王は和平を乞い、巨人の王を容れる大きな館を建て、子グウェルンにアイルランドの王位を譲ると申し出た。しかし家臣たちはこれを嫌い、館の柱に吊るした百の袋へ武装した兵を潜ませる。策はエヴニシエンに見破られ、続く宴でグウェルンが火に投じられて戦が始まった。アイルランド側は釜で死者を蘇らせて戦い、最後にはこの島の男が一人残らず死ぬ。生き残ったのは五人の妊婦だけであった。マソルーフの最期を、物語はことさらに語らない。
図像と象徴
図像は伝わらず、当サイトも主画像を掲げない。
この王に結びつく標識は、大釜と百の袋である。どちらも彼が用意したものではない。釜は彼が追い払ったものが償いとして戻ってきたものであり、袋は家臣が仕組んだものである。第二枝は、この王を包む器物のほうに意志を持たせ、王自身は空洞のように描いている。
系譜と関係
妻はブランウェン、子はグウェルン。ベンディゲイドヴランとマナウィダンは義理の兄弟にあたり、エヴニシエンもまた妻の異父兄弟である。
第二枝がアイルランドを描く筆致は、この人物に集約される。中世ウェールズにとってアイルランドは、海を隔てた同族であり、通婚し、同盟し、そして戦う相手であった。マソルーフは敵として造形されておらず、むしろ家臣の圧力に抗しきれない王として書かれる。両島の破滅が、悪意のある一人と、意志の弱い一人と、収まらない集団の面目とによって起きるという構成は、第二枝の見どころの一つである。
文化的足跡
この王の名は、アイルランド側の伝承には対応する人物を持たない。ウルスター物語群のマル・マク・ロフリデと結びつける説もあるが、名の類似以上の根拠を欠く。第二枝のアイルランドは、ウェールズの語り手が思い描いたアイルランドであって、海の向こうの記録と突き合わせられる歴史ではない。物語の終わりで、生き残った五人の女とその五人の息子がアイルランドの五つの地方を作ったと語られるのも、ウェールズ側から見た隣国の起源説明である。