クラトス
クレイトス · クラトース · Cratus
力・支配を擬人化したギリシアの神。ステュクスとパラースの子で、ゼウスの座のかたわらに侍る。プロメーテウスを岩に縛りつけた執行者として知られる。
解説
概要
クラトス(Κράτος / Kratos)は、力・強さ・支配権を擬人化したギリシアの神である。ステュクスとパラースの子で、ニーケー・ビアー・ゼーロスを兄弟にもつ。ギリシア語のクラトスは「力」であると同時に「支配」を意味し、民主政(デーモクラティアー)や貴族政(アリストクラティアー)といった語の後半部をなす。抽象語がそのまま神の名になっている典型である。
神話・物語
『神統記』によれば、ティーターノマキアーに際して母ステュクスが真っ先にゼウスの側についたため、この四兄弟はゼウスのもとを離れず、その座のかたわらに常に侍ることを許された。権力の擬人像が玉座の左右を固めるという構図は、ゼウスの支配が何によって支えられているかを名指しで示している。
具体的な出番はアイスキュロス『縛られたプロメーテウス』の冒頭にある。ゼウスの命を受けたクラトスとビアーが、火を盗んだプロメーテウスをスキュティアの岩壁へ引き立て、ヘーパイストスに鎖を打たせる。ここでクラトスだけが台詞を持ち、鍛冶の神が同情から手を緩めるのを冷たく叱りつける。ビアーは一言も発しない。権力が言葉を持ち、暴力が沈黙するという配置は、この悲劇の主題そのものと響き合っている。
図像と象徴
古代の図像で名を確認できる作例はほとんどない。抽象概念の神格にはニーケーのように独自の姿を得たものもあるが、クラトスはついにそれを持たなかった。本項に掲げたのは、19世紀にバイエルンの画家カール・ラールらがアテネ大学本館の正面に描いた壁画で、ギリシア語の銘によって人物が特定できる。古代の作例ではなく、近代の古典主義がこの神をどう思い描いたかを示す資料である。
系譜と関係
父パラース、母ステュクス。兄弟にニーケー、ビアー、ゼーロス。ゼウスの権力の側近というその位置づけは、法と誓約の神の神々が「秩序が破られたときに働く」のとは異なり、秩序を執行する側にある。
文化的足跡
コンピュータゲーム『ゴッド・オブ・ウォー』の主人公クレイトスの名はこの神に由来する。ただし作中の造形は独自のもので、原典の神話とは別のものである。