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吉祥天
PLATE — ŚRĪMAHĀDEVĪ
DHARMA · 仏教の尊格
ŚRĪMAHĀDEVĪ

吉祥天

きっしょうてん · きちじょうてん · 功徳天

京都・浄瑠璃寺の吉祥天像(1212年)/撮影: 光村推古書院 PUBLIC DOMAIN

ラクシュミーが仏教に入り天女となったもの。毘沙門天の妃で鬼子母神の娘。唐服の貴女の姿で宝珠を持つ。奈良時代に吉祥悔過が国家的に営まれ、薬師寺の画像は天平美人の理想像とされる。

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解説

概要

吉祥天は、仏教の守護神である天部の一尊。もとはバラモン教の女神で、のちに仏教に入って天女となった。顔かたちが美しく、衆生に福徳を与えるという女神。

幸福・美・富を顕す神とされる。また美女の代名詞として尊敬を集め、『金光明経』から前科に対する謝罪の念(吉祥悔過)や五穀豊穣の点でも崇拝されている。

信仰

ヒンドゥー教のラクシュミー(シュリー)が仏教に取り入れられたものである。仏教においては、父は徳叉迦、母は鬼子母神であり、夫を毘沙門天とする。妹に黒闇天がいる。毘沙門天の脇侍として善膩師童子とともに祀られることもある。

早くより帝釈天や大自在天などとともに仏教に取り入れられた。のちには一般に弁才天と混同されることが多くなった。日蓮宗では弁財天とともに七面天女の本地神とされた。

不空訳の密教経典では、未来には成仏して吉祥摩尼宝生如来になると説かれる。

日本における信仰

奈良時代、『金光明最勝王経』に基づく吉祥悔過の法会が国家的に営まれた。天平年間の飢饉と疫病に際して、吉祥天に罪を懺悔して五穀豊穣を祈る儀礼である。

平安時代以降は、毘沙門天の妃として、また単独で福徳の女神として信仰された。吉祥天が五回振袖を振ったものを元に五節の舞が作られたという伝えがあり、宮中の慶事に催される。

図像と象徴

本サイトが掲げるのは、京都・浄瑠璃寺の吉祥天像である(1212年)。

像容は通常、唐服の貴女の姿で、左手に宝珠を持つ立像が最も多いが坐像もある。ラクシュミーの持物である蓮華を宝珠に置き換え、インドの女神を唐の貴婦人に変えたのが、日本の吉祥天である。

奈良・薬師寺の吉祥天画像(8世紀)は、天平美人の理想像として名高い。

関わる神格・伝承

ラクシュミーの仏教における姿。毘沙門天の妃、鬼子母神の娘。弁才天と混同される。

黒闇天は吉祥天の妹で、不幸をもたらす醜い女神とされる。吉祥天と黒闇天は常に一緒に行動するとされ、幸福と不幸が分かちがたいことを表す。

文化的足跡

吉祥天は美女の代名詞として、日本の文学に繰り返し現れる。『日本霊異記』には、吉祥天像に恋した男の話が収められている。

なお仏教は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその尊格の伝承と図像に関する学術的な整理である。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q2646981 — 骨格データの出典