倶留孫仏
くるそんぶつ · 拘留孫仏 · カクサンダ
過去七仏の第四で、現在の賢劫の最初の仏。釈迦の三代前にあたる。ネパールのゴーティハワに生まれ尸利沙樹の下で成道した。生誕地とされる地にはアショーカ王の石柱の基部が残る。
解説
概要
倶留孫仏(パーリ語 Kakusandha、サンスクリット語 Krakucchanda)は、仏教の伝統において、『仏種姓経』第二十二章に生涯が記される古代の仏の一人である。拘留孫仏とも書く。
上座部仏教によれば、二十九の名を持つ仏のうち第二十五、過去七仏の第四、そして現在の劫の五仏の第一である。
賢劫の五仏
現在の劫は賢劫(バドラカルパ、「吉祥なる劫」)と呼ばれる。現在の劫の五仏は、倶留孫仏、倶那含牟尼仏、迦葉仏、釈迦仏、弥勒仏である。
倶留孫仏は、この劫において最初に現れた仏である。前の劫(荘厳劫)の三仏——毘婆尸・尸棄・毘舎浮——に続き、新しい劫の最初の仏として位置づけられる。
伝承
上座部の伝承によれば、ケーマヴァティーのケーマヴァティー公園に生まれた。ケーマヴァティーは現在ゴーティハワとして知られ、ネパール南部ルンビニ地方カピルヴァストゥ郡のカピルヴァストゥ市の南東約四キロメートルに位置する。父はケーマヴァティー王ケーマンカラの祭官アッギダッタ、母はヴィサーカーであった。
尸利沙樹の下で成道した。寿命は四万歳であったという。
ゴーティハワには、アショーカ王の石柱の基部が残る。碑文を刻んだはずの上部は失われており、この地を倶留孫仏の生地とする根拠は、法顕・玄奘の巡礼記の記述である。数キロ離れたニガリ・サーガルで見つかった碑文付きの断片(倶那含牟尼仏の仏塔の拡張を記す)を、もとはこの石柱の上部とみる説もある。
図像と象徴
固有の図像は乏しく、本サイトも主画像を掲げない。
賢劫の最初の仏という位置が、この仏を規定する。釈迦の三代前にあたり、同じ劫に属する。過去七仏のうち、釈迦と同じ賢劫に属するのは倶留孫・倶那含牟尼・迦葉の三仏である。
関わる神格・伝承
過去七仏の第四。賢劫の第一仏。次に倶那含牟尼仏が続く。
アショーカ王が過去仏の聖地に塔や石柱を築いたことはニガリ・サーガルの碑文から確かであり、前3世紀にすでに過去仏の信仰が確立していたことを示す。
文化的足跡
ゴーティハワは、ルンビニと並んでネパールの仏教遺跡として保護されている。
なお仏教は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその尊格の伝承と図像に関する学術的な整理である。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。