倶那含牟尼仏
くなごんむにぶつ · 拘那含牟尼仏 · コーナーガマナ
過去七仏の第五で賢劫の第二仏。釈迦の二代前にあたる。アショーカ王がその仏塔を拡張し石柱を建てたと碑文に記され、過去仏信仰が前3世紀に実在した最も確かな証拠となっている。
解説
概要
倶那含牟尼仏(パーリ語 Koṇāgamana、サンスクリット語 Kanakamuni、拘那含牟尼仏とも)は、仏教の伝統において、『仏種姓経』第二十三章に生涯が記される古代の仏の一人である。
上座部仏教の伝統によれば、二十九の名を持つ仏のうち第二十六、過去七仏の第五、そして現在の賢劫の五仏の第二である。
伝承
ソーバヴァティーのスバガヴァティー公園に生まれたとされる。ソーバヴァティーは現在ニガリハワとして知られ、ネパール南部カピルヴァストゥ郡にある。父はバラモンのヤンニャダッタ、母はウッタラーであった。
烏暫婆羅樹の下で成道した。寿命は三万歳であったという。
アショーカ王の石柱
ニガリハワには、アショーカ王が建てた石柱が残る。その碑文は、王が即位十四年に倶那含牟尼仏の仏塔を二倍に拡張し、即位二十年に自ら訪れて礼拝し、石柱を建てたと記す。
これは、過去仏の存在が前3世紀にすでに信じられ、その仏塔が実際に建てられていたことを示す最も確かな証拠である。釈迦以前の仏が、歴史上の王によって記念されている。
図像と象徴
固有の図像は乏しく、本サイトも主画像を掲げない。
名の「カナカムニ」は「黄金の聖者」を意味する。
賢劫の第二仏という位置が、この仏を規定する。釈迦の二代前にあたる。
関わる神格・伝承
過去七仏の第五。賢劫の第二仏。前に倶留孫仏、次に迦葉仏が続く。
玄奘『大唐西域記』も、カピラヴァストゥ付近に倶那含牟尼仏の仏塔とアショーカの石柱があったと記す。7世紀にも、この過去仏の聖地は参詣されていた。
文化的足跡
ニガリハワのアショーカ石柱は、1895年に発見され、過去仏信仰の考古学的な証拠として注目された。
なお仏教は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその尊格の伝承と図像に関する学術的な整理である。