イーピノエー
イピノエ · イーピノエ · Iphinoe
ギリシア神話の女性の名。プロイトスの娘(メラムプースの治療で一人だけ死んだ)、アルカトオスの娘、エーエティオーンの妹など複数が知られる。
解説
概要
イーピノエー(Ἰφινόη)は、ギリシア神話の女性の名である。同名の人物が複数おり、主として三人が知られる。
同名の女性たち
ティーリュンスの王プロイトスとステネボイア(アンテイア)の娘のイーピノエーは、イーピアナッサやリューシッペーの姉妹で、弟にメガペンテースがいる。この姉妹は神を敬わなかったために正気を失い、予言者メラムプースによって癒されたが、そのときイーピノエーだけは死んでしまったという。メガペンテースは、この出来事のあとに生まれたとされる。姉妹が正気を失った理由は資料によって異なり、ヘーラーの像を侮ったためとも、ディオニューソスの祭祀を拒んだためともされる。自分たちを牝牛だと思い込んで、野をさまよったとも伝えられる。
ペロプスの子アルカトオスの娘のイーピノエーは、処女のまま亡くなったとされ、メガラの女性たちは、その墓に神酒と自分の髪を供えたという。エーエティオーンの妹のイーピノエーは、トロイア戦争のとき、クリューセーイスがその館で捕らえられたとされる人物である。
このほか、メガラの王ニーソスの娘でポセイドーンの子メガレウスの妻となった者、レームノス島の女王ヒュプシピュレーの侍女、メーティオーンの娘でダイダロスやムーサイオスの母とされる者などがいる。
図像と象徴
固有の図像は伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。
プロイトスの娘たちの狂気は、ギリシアにおける集団的な狂乱の物語の一つである。メラムプースが薬草と儀礼によってこれを癒したという筋は、この予言者が医術の祖の一人とされることの根拠になっている。三人のうち一人だけが死ぬという細部は、治療が完全ではなかったことを示す。
墓に髪を供えるという習俗も見逃せない。処女のまま死んだ者への供物として髪を捧げるのは、ギリシアの各地に見られる慣行である。
関わる神格・伝承
第一の父はプロイトス、母はステネボイア、癒したのはメラムプース。
プロイトスの娘たちの狂気は、ディオニューソスがもたらす狂乱——ミニュアスの娘たち、カドモスの娘たち——と同じ型に属する。祭祀を拒んだ者が狂わされるという構図である。
文化的足跡
日本語圏でこの名が挙げられることはまずない。メラムプースの治療譚において、癒されなかった一人として言及される程度である。
しかしこの物語は、ギリシアにおいて狂気がどう理解されていたかを示す資料でもある。神への不敬が原因であり、治療は薬と儀礼の双方によってなされる。医術と宗教が分かれていない段階の記述である。