ヘイズルーン
ヘイドルーン · ヘイズルン · ヘイズフルーン
北欧神話の牝山羊。ヴァルハラの屋根に立ち、樹レーラズの葉を食んで、乳房から尽きることのない蜜酒を出す。
解説
概要
ヘイズルーン(Heiðrún)は、北欧神話に登場する牝山羊である。ヴァルハラの屋根に立ち、レーラズという名の樹の葉を食んで、乳房から蜜酒を出す。その蜜酒は、日ごとに大甕を満たし、エインヘリャル——選ばれた戦死者たち——の全員が酔うに足りるだけ尽きることがない。
名の由来は定まらない。アナトリー・リーベルマンは、スカンディナヴィアの宇宙観で最下層の天を指すヘイズシュルニル(heið「明るい空」に由来する)が二つに割られ、その半分ずつから天の山羊ヘイズルーンと天の牡鹿エイクシュルニルの名が作られたのではないかと論じる。rún の要素にはいくつかの言葉遊びが隠されているが、これは女性名によく用いられる接尾辞でもある。
登場する物語
固有の物語はない。伝わるのは、ヴァルハラの屋根の上という居場所と、蜜酒を出すという働きだけである。
『古エッダ』の『グリームニルの言葉』は、オーディンの館の屋根に立つ山羊としてこの獣を歌う。彼女はレーラズの枝を食み、その乳房から満たされる大甕は、どれほど飲まれても減らない。スノッリの『散文のエッダ』も、ほぼ同じ内容を散文で述べる。スノッリが同じ詩の他の節を引用していることから、彼がこの節を知り、自らの記述の典拠としたとみてよい。
同じ屋根には牡鹿エイクシュルニルも立ち、その角から滴る雫が泉フヴェルゲルミルへ落ちて、あらゆる川の源になるという。二頭は対をなす存在として語られる。
『ヒュンドラの歌』では、女巨人ヒュンドラがフレイヤを罵る言葉としてこの名を用いる。ソープをはじめ何人かの訳者は、ここを固有名ではなく「牝山羊」という普通名詞と解して訳している。神話の獣の名が、そのまま侮蔑の語として機能しうるということである。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、18世紀アイスランドの写本 SÁM 66(1765〜66年)にヤコブ・シグルズソンが描いた図で、レーラズの葉を食むヘイズルーンを表す。同じ写本には、ヴァルハラの屋根に立つ牡鹿と山羊を描いた別の図もある。17世紀の写本 AM 738 4to にも同じ主題の図がある。異教期の造形は知られていない。
この獣を特徴づけるのは、尽きないという性質である。ヴァルハラには、同じ性質を持つものがもう一頭いる——毎晩食べられ、毎朝よみがえる猪セーフリームニルである。肉と酒がともに無限に供給されるという設定によって、戦士の死後の館は成り立っている。
もう一つ注目されるのは、乳ではなく蜜酒が出るという点である。北欧の伝承において蜜酒は単なる酒ではなく、詩の蜜酒の物語が示すように、詩と霊感に結びつく飲み物である。ルドルフ・ジメクは、屋根の上の山羊という形象そのものが古い層に属するとみつつ、蜜酒を出すという細部にはスノッリによる中世的な楽園像の彩色が入っている可能性を指摘している。
関わる伝承
同じヴァルハラの屋根に立つ牡鹿エイクシュルニル、日ごと供される猪セーフリームニル、その料理人アンドフリームニルと大鍋エルドフリームニルが、この獣を取り巻く一群をなす。
原初の牝牛アウズンブラとの対比がしばしば行われる。アウズンブラの乳房からは四本の乳の川が流れ、原初の巨人ユミルを養った。世界の始まりに乳を出す牝牛がいて、世界の終わりに備える館に蜜酒を出す牝山羊がいる。どちらも、単独では生きられない存在を養う獣である。
トールの車を曳く二頭の山羊——屠って食べても、皮と骨を残しておけばよみがえる——も、ヴァルハラの獣たちと同じ主題に属する。
文化的足跡
ヘイズルーンは、ヴァルハラの情景を描く近代の挿絵にしばしば描き込まれる。無尽蔵の酒という着想は分かりやすく、戦士の楽園という像を印象づける細部として好まれてきた。
現代のスカンディナヴィアでは、ハイドルンは女性の人名として用いられる。北欧の音楽やゲーム作品にもこの名が現れる。原典の彼女は、屋根の上で葉を食んでいるだけで、一言も語らない。