エーレクトラー
エレクトラ · エーレクトラー · Elektra
アガメムノーンの娘。父の死後も館に留まって復讐を待ち続け、帰国した弟オレステースを母殺しへ駆り立てた。
解説
概要
エーレクトラー(Ἠλέκτρα / Ēlektra)は、アガメムノーンとクリュタイムネーストラーの娘である。名は「琥珀」あるいは「輝く者」に通じ、「結婚しない女」を意味する語に掛けた解釈も古代からあった。
彼女はホメーロスに現れない。『イーリアス』が挙げるアガメムノーンの娘はクリューソテミス、ラーオディケー、イーピアナッサであり、彼女の名はない。悲劇詩人が作り出した、あるいは別名の人物を独立させた人物とみるのが一般的である。この人物が担うのは、行為ではなく待つことと嘆くことである。
神話・物語
父が殺されたとき、彼女は弟オレステースを館から逃した。以後、母とアイギストスの支配する館に留まり、奴隷同然の扱いを受けながら弟の帰りを待つ。エウリピデスの版では、王位を狙う子が生まれないよう身分の低い農夫に嫁がされている。
アイスキュロス『供養する女たち』では、父の墓に供物を運んだ彼女が、供えられた一房の髪と足跡から弟の帰還を知る。ソポクレース『エーレクトラー』は、弟が死んだという偽りの報せに彼女が絶望し、遺灰の壺を抱いて嘆く場面を長く書いた。単独での復讐を決意した直後に、目の前の男が弟であると知る——この認知の場面が、ギリシア悲劇でも屈指の見せ場とされる。
弟が母を討つとき、彼女は館の外から声をかけて促す。手を下すのは弟だが、決意を支え続けたのは彼女である。エウリピデスの版では、母を館へおびき寄せる策も彼女が立てる。
その後、弟の友ピュラデースの妻となった。
図像と象徴
本ページの主画像は前340〜330年頃のパエストゥム赤絵式ベル・クラーテール(絵師ピュトーン)で、アガメムノーンの墓の前で再会する彼女と弟を、二人の銘とともに描く。墓を挟んで向かい合う構図は、この場面の定型として繰り返された。
古代の図像における彼女は、ほぼ例外なく墓のかたわらにいる。供物を持ち、髪を切り、地に坐す——嘆く姿がそのまま標識になっている。行為の場面が描かれないという点で、彼女の図像は物語における役割を正確に反映している。
系譜と関係
父アガメムノーン、母クリュタイムネーストラー。姉イーピゲネイア、妹クリューソテミス、弟オレステース。夫ピュラデース、子メードーンとストロピオス。
なお、アトラースの娘でプレイアデスの一人エーレクトラー、およびオーケアノスの娘エーレクトラーは同名の別人である。
文化的足跡
ユングが提唱した「エレクトラ・コンプレックス」の語は彼女に由来する。フロイト自身はこの用語を採用せず、女子の場合も同じ機制で説明することを主張した。エディプス・コンプレックスと対にして語られることが多いが、両者の学説上の位置づけは同じではない。
ホフマンスタールの台本によるリヒャルト・シュトラウスのオペラ『エレクトラ』(1909年)は、この人物を精神分析的に読み直した作品として知られる。オニール『喪服の似合うエレクトラ』も同じ系譜にある。