アンナ・ペレンナ
アンナ・ペレンナ · Anna Perenna
年の環の女神で、名は「年を通じて」の意。オウィディウスはディードーの妹アンナと同一視し、ラウィーニアの嫉妬から逃れて川のニュンペーになったと語る。3月15日の祭で平民は飲んだ杯の数だけ生きると祈った。
解説
概要
アンナ・ペレンナ(Anna Perenna)は、ローマ神話において、年の環、輪、あるいは「輪」の小さな女神である。その称号ペレンナ(per annum、年を通じて)が示すとおりである。
起源
ローマの詩人オウィディウスは、アンナ・ペレンナをディードー——『アエネーイス』におけるカルタゴの女王にして建国者——の妹アンナと同一視する伝説を記す。
ディードーの悲劇的な死ののち、アンナは兄ピュグマリオーンから逃れてマルタ島で王バットゥスの庇護を受けた。三年間保護したのち、バットゥスは兄が戦争を仕掛けようとしているため、安全のために新しい亡命地を探すよう勧めた。再び海を渡ることを強いられたアンナはラティウムの岸で難破し、アエネーアースの入植地ラウィーニウムに迎えられた。しかし彼女の存在はラウィーニアの嫉妬を募らせ、ラウィーニアは彼女を殺そうと企んだ。ディードーがアンナの夢に現れて逃げるよう促し、アンナはこれに従って河神ヌミクスにさらわれ、川のニュンペーとなって身を隠した。
オウィディウスは別の伝えも記す。平民が聖山に籠城したとき、ボウィッラエの老女アンナが毎日菓子を焼いて運び、平民を救った。平民は彼女を女神として祀ったという。
祭
アンナ・ペレンナの祭は3月15日——古い暦の年の初めの満月——に営まれた。ローマの平民は郊外の川辺に出て、酒を飲み、歌い、飲んだ杯の数だけ年を生きられると祈った。オウィディウスはこの祭の乱痴気騒ぎを描いている。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、前82年のガイウス・アンニウスの銀貨である。アンナ・ペレンナの頭部を表すと解される。
年の女神という位置が、この人物を規定する。名のアンナは「年」(アンヌス)、ペレンナは「年を通じて」——名そのものが暦の観念である。3月の新年の祭に飲んだ杯の数だけ生きるという習俗は、年の更新と個人の寿命を重ねている。
ディードーの妹と同一視されるという展開は、詩人が暦の女神に物語を与えるために、『アエネーイス』の登場人物を借りたものとみられる。
関わる神格・伝承
ディードーの妹と同一視される。河神ヌミクスにさらわれた。
2000年、ローマのピアッツァ・エウクリデ近くで、アンナ・ペレンナの泉が発掘された。呪詛の板、人形、貨幣が多数出土し、この女神の民間信仰の実態を伝える重要な発見となった。
文化的足跡
アンナ・ペレンナの祭は、平民の祭として、ローマの暦において貴族的な祭と対照をなす。