シパクトリ
シパクトゥリ · テオシパクトリ · 大地の怪物
アステカ神話の原初の怪物。ワニとも魚ともつかぬ姿で原初の海に浮かび、二神に引き裂かれてその体から天と地が生じた。暦の第一日の名でもある。
解説
概要
シパクトリ(Cipactli)は、アステカ神話の原初の怪物である。名はナワトル語でワニ、あるいはカイマンを指す。ワニと魚と蛙を混ぜたような姿をとり、関節という関節に余分な口が開いていて、その口はつねに飢えていたという。天も地もまだなかった時代、原初の海に浮かんでいたのがこの怪物である。
同時に、これは暦の言葉でもある。トナルポワリの二十の日符号のうち第一の日が「ワニ」であり、260日の周期はここから始まる。世界の始まりに置かれた怪物の名が、そのまま時間の始まりの名になっている。
登場する物語
創世譚が中心である。テスカトリポカとケツァルコアトルは、この怪物が海を占めているかぎり新しい世界は成り立たないと考えた。テスカトリポカは自らの足を餌として差し出し、シパクトリがそれに食いつくと、二神は怪物を捕らえて体を二つに引き裂いた。上半分は天となり、下半分は大地となる。テスカトリポカが片足を失っているのはこのためであり、シパクトリが下顎をもがれて水中に沈めなくなったとも語られる。
この引き裂かれた怪物を、トラルテクトリ(大地の主)の名で呼ぶ資料も多い。両者を同一とみるか、別の存在とみるかは決着していない。シパクトリを「引き裂かれる前の怪物」、トラルテクトリを「引き裂かれて大地となった後の神格」と読み分ける整理もあるが、原資料がそこまで区別しているわけではない。
洪水伝承にも近い名が現れる。テオシパクトリ(神聖なワニ)は、第四の太陽を滅ぼした大洪水をカヌーで生き延び、ふたたび人を増やしたと伝えられる者の名である(五つの太陽)。
暦の側では、最初の占い師とされるシパクトナル(シパクトリの徴)の名がこの日符号に由来する。ミシュテカの『ウィーン絵文書』では、「ワニ」の日は王統の始まりと結びつけられている。
図像と象徴
日符号としてのシパクトリは、横向きのワニの頭部で表される。上顎に鋸歯を並べ、下顎を欠くか、頭部だけを描く略号が用いられた。地面や水面を示す帯の端にこの頭を置き、大地そのものを怪物の体として表す描き方も広く行われている。
石彫では、四肢を縮めて蹲る怪異な姿に彫られる。ブルックリン美術館に伝わる15世紀の緑色石の小像はその一例で、石箱の蓋や祭具の側面にこの怪物の体を刻む例も残る。トラルテクトリの石彫と同じく、人目に触れない面に彫られることがあった。
ワニをめぐる図像には、アステカより古い層がある。カール・タウベは、オルメカから先スペイン期のマヤに至るまで、ワニが雨をもたらす風と結びつけられてきたことを指摘した。洞窟の口から雲が吐き出されるという観念と重なるためであり、モレロス州チャルカツィンゴのオルメカ様式の浮彫には、上を向いた口から雨雲を吐くワニが刻まれている。大地であり水であり、雨を吐く口でもある——シパクトリの造形は、この長い伝統の末端にある。
関係する神格
引き裂いた側の二神がテスカトリポカとケツァルコアトルであり、引き裂かれた結果がトラルテクトリである。
マヤでは、ツォルキンの第一日イミシュがこの日符号に対応する。また『ポポル・ヴフ』に登場する地震の魔物シパクナは、その名がシパクトリに由来するとみられ、20世紀の高地マヤの口承にもシパクの名で残っている。
文化的足跡
原初の怪物を殺し、その死体から世界を造るという型は、メソポタミアのティアマトや北欧のユミルにも見られる。ただし、これらの一致は物語の型が似ているというにとどまり、系統上のつながりを示すものではない。むしろ差異のほうが目を引く。ティアマトが神々に敵対する母神であり、ユミルが最初の生命であるのに対し、シパクトリは知性も系譜ももたない飢えそのものであり、殺されたのちも血を求め続ける。世界が怪物の生きた体の上に成り立っているという感覚は、アステカの供犠の観念と直結している。