ベロボーグ
ビエロボーグ · ビアルブク · ベルブック
「白い神」を意味し、チェルノボグと対をなすとされる神。中世の史料には一度も現れず、名が文献に登場するのは16世紀のドイツ語圏の年代記からである。
解説
概要
ベロボーグ(Белобог、「白い神」)は、チェルノボグ(「黒い神」)と対をなすとされる神である。善と昼を司り、人に善きものをもたらす神と説明されるのが通例だが、中世の史料には一度も現れない。
チェルノボグを記す12世紀のヘルモルト『スラヴ年代記』は、幸を配る「善き神」に触れながら、その名を挙げていない。ベロボーグという名が文献に現れるのは16世紀、それもスラヴ圏の外側、ドイツ語圏の年代記においてである。この神は、名のない「善き神」に後世が名を与えたものだと考える研究者が多い。
神話・物語
物語はない。
1530年頃、ピルナのドミニコ会士リントナーが編纂物のなかで両神に触れたのが早い例である。1538年、ポメラニアの年代記作者カンツォウは、ドイツ帝国の時代以前のスラヴ人が、王や領主を神の上に置き、太陽と月を崇め、最後にすべての神に優る二柱を崇めたと書く。一方をビアルブグ、すなわち白い神と呼んで善い神とし、他方をツェルネブグ、すなわち黒い神と呼んで害をなす神とした。ビアルブグを敬うのは、彼が善をなしたからであり、これからもなすようにと願うためである。ツェルネブグを敬うのは、害をなさぬようにと願うためである——。
1550年、ミュンスターの『世界誌』も、リューゲン島の人々がベルブックとツェルネブックという白と黒の二神を崇めたとし、これをマニ教徒の誤りになぞらえた。カンツォウとミュンスターは互いに独立と見られるが、共通の資料を用いた可能性が高い。ズナイェンコは、それをベルブク(Belbuck/Białoboki)修道院の文書庫に求めた。1163年創建のこの修道院の名は「白い神」と解される。シュチェチンの神学者クラーメルは、その名について、異教徒の祖先と違ってキリスト教徒は黒い神など知らないと示すためであり、白衣のプレモントレ会士の装いにもふさわしいと説明している。神の名から修道院の名が生まれたのではなく、修道院の名から神が生まれたという順序が疑われている。
図像と象徴
古い図像はない。本項の主画像は、チェコの画家ミコラーシュ・アレシュがスラヴの神々を描いた素描で、ヤン・マーハルのスラヴ神話篇を収める『全人種の神話』第3巻(1918年)に図版として収められた。19世紀チェコの民族再生の空気のなかで作られた像であって、中世の姿を伝えるものではない。
上ラウジッツにはチョルネボフ山とビエレボフ山が並んで立ち、そこで両神が崇拝されたと語られてきた。しかしこれらの山名は近世に付けられたもので、この地域で二神の名が有名になった結果である。地名が信仰の証拠とされ、その地名自体が信仰の物語から生まれている——という循環が起きている。
なお、白と黒の対そのものは民間語彙に確かに存在する。ウチンスキが集めた資料では、スロヴィンツ語の bjǻu̯lï bȯ́u̯g は「神」を、セルビア語やブルガリア語で白い神に当たる語は「運」「幸運」を意味する。ただしこれは、bog を「神」ではなく「運・定め」の意味で用いる言い方が広くあったことを示すのであって、白い神という神格がいたことの証明ではない。
系譜と関係
学界の立場は少なくとも四つに分かれる。第一に、チェルノボグは悪魔の異名にすぎず、ベロボーグは後代の文献が対として作ったとする説。第二に、両者ともスラヴの神格(あるいは他の神の添え名)とする説。第三に、キリスト教以前に遡る語がキリスト教の神と悪魔を指すために転用されたとする説。第四に、いずれも異教にもキリスト教にも存在しなかった疑似神格とする説である。詳しい経緯はチェルノボグの項に譲る。
ベロボーグに固有の論点としては、東スラヴにおける対応をどこに求めるかがある。アファナーシエフとファミツィンは、ベラルーシの野の精ベルン(Бєлун)をそれに当てた。白髭の老人の姿で現れ、道に迷った者を導き、貧しい者に金を与える善い精霊である。南スラヴにも「白い神」に当たる呼び方が知られる。ただし、これらは名の対応であって、祭祀の対応ではない。
日本語の紹介に見える「昼を司り、人に対する善きものすべての創造者」「スヴェントヴィトそのもの、またはその位格の一つ」「白いパリアニン、聖ゲオルギオス、クパーラと繋がる」といった説明も、19世紀以降の再構成の産物である。中世の記録に根拠はない。
文化的足跡
上ラウジッツの二つの山は今も観光地であり、山名が神の実在の証拠として引かれることがある。
現代の創作では、ディズニーの『ファンタジア』(1940年)が『禿山の一夜』の場面にチェルノボグを配して以来、白黒二神の対はゲームや小説の定番になった。ニール・ゲイマンの『アメリカン・ゴッズ』でも、老いたチェルノボグが兄弟ベロボーグについて語る場面が置かれている。
ベロボーグは、中世の一行が「名のない善き神」としか言わなかったところに、四百年後の書物が名を与え、さらに三百年かけて像と職能が積み上がった神である。実在したかどうかより、その積み上がり方のほうが、この神について確かに言えることかもしれない。