バタ
バタ神 · ベト · サカのバタ
上エジプト第17ノモスをアヌビスとともに代表した牡牛の神。新王国の『二人兄弟の物語』の主人公と同名であり、その物語に名を借りられている。
解説
概要
バタ(Bꜣtꜣ)は、エジプト神話の牡牛の神である。上エジプト第17ノモス(サカ)を、兄弟とされるアヌビスとともに代表した。
新王国期の神格であり、それ以前の姿は判然としない。第18王朝の中ごろまでは牡羊として、以後は牡牛として表された。
神話・物語
この神の名が最もよく知られているのは、神話ではなく物語文学においてである。
新王国のドルビニー・パピルスに記された『二人兄弟の物語』の主人公が、このバタである。兄アヌプ(アヌビス)の家で働く弟バタが、兄嫁の誘いを拒んだために讒言され、逐われる。バタは杉の谷へ去り、自らの心臓を杉の花の上に置く。心臓が奪われれば死に、取り戻せば甦る——そうした変転を繰り返し、最後には牡牛となり、木となり、ついには王となる。
エジプト文学に残る最も長い物語の一つであり、後世の民話の型——心臓を体外に隠す主人公、誘惑と讒言、変身の連鎖——を数多く含む。物語の弟がこの神と同名であること、そして兄がアヌビスと同名であることは、第17ノモスの二柱の神が物語の枠組みに借りられたことを示す。ただし物語の内容がこの神の神話そのものであるかどうかは別の問題であり、慎重な扱いを要する。
プトレマイオス朝の『ユミルハク・パピルス』にも名が現れる。
図像と象徴
固有の図像として確実に同定できる作例は乏しく、本サイトも主画像を掲げない。
牡羊から牡牛へという表現の変化は、この神の性格を考えるうえで重要である。エジプトにおいて牡牛は王権と生殖力の徴であり、アピスやムネウィスのように、生きた個体が神の顕現として飼われた例もある。バタの場合、そうした聖獣飼育の記録は伝わっていない。
古王国のサッカラ墓域、たとえばティのマスタバに名の見える死の神ベト(Bt)と同一の存在である可能性が指摘されている。もしそうであれば、この神の起源は新王国よりはるかに遡ることになる。『ピラミッド・テキスト』にも『コフィン・テキスト』にも名がないため、確認する手段が乏しい。
関わる神格・伝承
アヌビスとは兄弟とされ、二柱で第17ノモスを代表する。ノモスを二柱の神が分け合うという形は、エジプトの地方神の配置としてしばしば見られる。
牡牛の神としては、メンフィスのアピス、ヘリオポリスのムネウィス、メンデスのバネブジェデト(牡羊)と並ぶ系列に属する。ただしこれらが大都市の祭祀の中心にあったのに対し、バタは中規模のノモスの地方神にとどまった。
文化的足跡
日本語圏でこの神が紹介されることはまずない。一方で『二人兄弟の物語』は、古代エジプト文学の代表作として翻訳もあり、比較民話学の文脈で繰り返し言及されてきた。
主人公の名が神の名であることは、その紹介ではしばしば省かれる。エジプトの物語文学が神名を人物名に用いるという事情は、この文明において神話と物語の境が今日ほど明確でなかったことを示している。