アマウネト
アメネト · アモネト · アマウネート
エジプト神話の原初の女神。名は「隠れたる女」で、アメンの女性形にあたる。ヘルモポリス八柱神の一員であり、テーベでは王の戴冠を守る女神として祀られた。
解説
概要
アマウネト(jmnt / Amunet)は、エジプト神話の原初の女神である。名は「隠れたる女」を意味し、アメン(jmn、「隠れたる者」)の名に女性語尾を付けたものにほかならない。ヘルモポリスの八柱神の一員として、世界の創造以前の状態を体現した。
エジプトには、男神の名を女性形にしただけの配偶神がいくつもある。研究上「女性形の対神」と呼ばれるこの型は、独自の神話も、後期に至るまで独自の祭祀ももたないのが通例である。アマウネトはその代表例でありながら、テーベにおいては例外的に、王権の儀礼に組み込まれた実質を獲得した。
神話・物語
現存最古の宗教文書である『ピラミッド・テキスト』には、アメンとアマウネトの恵み深い影を呼びかける一節がある。八柱神は四組の男女一対からなり、アメンとアマウネトの対は「隠れたるもの」「不可視」を担った。八柱神は原初の水ヌンから最初の丘を起こし、日の出が繰り返されるように、ナイルの水が絶えないようにしたとされる。役目を終えたのちは姿を隠して冥界に去ったと伝えられる。
ドイツのエジプト学者クルト・ゼーテは、アメンとアマウネトの名がもともとヘリオポリス神学の最初の一対、シューとテフヌトに付された添え名だったのではないかと説いた。八柱神という枠そのものが、既存の神学の上に後から重ねられた可能性を示す議論である。
ヘルモポリスからテーベへこの一対の祭祀が移されたのは、第11王朝より古くはないと考えられている。当時ヘルモポリスは、テーベと覇を争うヘラクレオポリスの王たちの支配下にあった。敵方にとって重要な神を自らの都に迎えることには、対抗上の意味があったと見られる。神学の移動が、そのまま政治の記録として読める場面である。
図像と象徴
下エジプトの赤冠を戴く女性として表されることが多い。アメンと並ぶ場面では、両者の造形は冠と衣で区別される。ルクソール神殿には、アメン・アマウネト・ムトの三柱が並ぶ第18王朝のレリーフが残り、配偶神が交替した過渡の状況をそのまま画面に留めている。本サイトが主画像に掲げるのはこのレリーフのアマウネト部分である。
後期の伝承では、牝牛の姿をとってアメンを背に載せ、各地を渡ったと語られた。渡った先々でアメンが地方神となり、ついに全土の創造神になったという筋で、アメン信仰の拡大そのものを乗り物の比喩で説明している。
系譜と関係
アメンの配偶神。第12王朝頃までにその位置はムトへ移るが、アマウネトはテーベで独自に祀られ続けた。王の戴冠儀礼とセド祭において王を守る役を負い、カルナックには専属の神官が置かれている。抽象的な対神にとどまらなかったのは、この儀礼上の役目によるところが大きい。
新王国期以降はムトと同一視されるようになった。ただし両者の性格は本来まったく異なる。ムトが母であり、獅子の相をもつ独立した女神であるのに対し、アマウネトはアメンの不可視性を鏡のように写す存在であった。同一視の記述をもって両者を同じ神として読むと、この差が消える。
文化的足跡
カルナックにはアマウネトを祀る施設と神官団の記録が残り、ツタンカーメンの治世に造られたとされる像も知られる。ヘルモポリスの八柱神は、のちにコンスの創世神話へ組み込まれるなど、テーベ神学のなかで再解釈され続けた。姿を隠す神という観念そのものが、アメン信仰の核として長く働き続けたのである。