刑天
けいてん · 形天 · 邢天
黄帝と神の座を争って敗れ首を埋められたが、両乳を目に臍を口に変えて盾と斧を手に舞い続けた巨人。陶淵明が「猛志は固より常に在り」と歌い、中国文学における不屈の象徴となった。
解説
概要
刑天(けいてん)は、中国神話に登場する巨人。形天や邢天の他、「天」字を「夭」とする刑夭、形夭、邢夭といった表記もある。
概要
『山海経』に拠れば、帝——恐らくは黄帝——と中原から遠く離れた西南方に位置する常羊の山近くで神の座を懸けて争い、敗れて首級を常羊山に埋められた。
しかしなおも両乳を目に、臍を口に変え、干(盾)と戚(斧)とを手にして闘志剥き出しの舞を続けたという。
首を失っても戦い続けるという主題が、この存在を規定する。敗北を認めない者の姿である。
常羊山と炎帝
刑天の首が埋められた常羊山は神農(炎帝)の生地との説がある。また炎帝神農氏の命で「扶犂の楽」という曲と「豊年の詠」という詩から成る「下謀」を作ったとも伝えられ、本来は炎帝に仕える楽の神であったとみられる。
炎帝が黄帝に敗れた系統の神であることから、刑天もまたその側に立って戦い、敗れたことになる。蚩尤と同じく、敗者の系譜に属する。
陶淵明の詩
東晋の詩人陶淵明は『読山海経』十三首の第十において、この巨人を歌った。
「刑天は干戚を舞わす、猛志は固より常に在り」——首を失ってなお闘志を失わない姿に、屈しない志を見た。
この一句によって、刑天は中国文学における不屈の象徴となった。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、『山海経』海外西経の刑天の図である。
首がなく、乳が目、臍が口という異形が、この存在に固有の造形である。身体の一部が別の器官の機能を代替する。
関わる神格・伝承
黄帝に敗れた。炎帝神農氏に仕えた楽の神とされる。
文化的足跡
魯迅は陶淵明のこの句を引き、不屈の精神の例として論じた。現代中国において、刑天は反抗の象徴として文学と美術に繰り返し現れる。
なお中国の民間信仰と道教は今日も継承されている生きた信仰であり、本項の記述はその神格の伝承と図像に関する学術的な整理である。