PLATE — 刑天
SINÆ · 中国神話・道教
刑天
刑天
けいてん · 形天 · 邢天
『山海経』で、帝と神の座を争って敗れ、首を常羊山に埋められたが、両乳を目に、臍を口に変えて盾と斧を手に舞い続けた巨人。陶淵明が「猛志は固より常に在り」と詠み、不屈の象徴となった。
01
解説
概要
刑天(けいてん)は、中国神話に登場する巨人。形天や邢天の他、「天」字を「夭」とする刑夭、形夭、邢夭といった表記もある。
神話・物語
『山海経』海外西経に拠れば、帝——恐らくは黄帝——と中原から遠く離れた西南方に位置する常羊の山近くで神の座を懸けて争い、敗れて首級を常羊山に埋められた。
しかしなおも両乳を目に、臍を口に変え、干(盾)と戚(斧)とを手にして闘志剥き出しの舞を続けたという。
刑天の首が埋められた常羊山を、晋の皇甫謐『帝王世紀』は炎帝神農の生地とする。宋の羅泌『路史』は、刑天が炎帝の命で「扶犂の楽」を作り「豊年の詠」を制したと記し、本来は炎帝に仕えた楽の神とみる説がある。黄帝に敗れた炎帝の側に立つ点で、蚩尤と並べられる。
図像と象徴
首がなく、両乳が目、臍が口の姿で、盾と斧を手にする。主画像は、『山海経』海外西経の刑天の図である。
系譜と関係
黄帝に敗れた。炎帝神農氏に仕えた楽の神とされる。
文化的足跡
東晋の陶淵明は「読山海経」其の十で「刑天は干戚を舞わし、猛志は固より常に在り」と詠み、首を失ってなお屈しない姿に不屈の志を見た。魯迅はこの句を引いて、陶淵明が「悠然として南山を見る」だけの詩人ではなかったことを論じている。
なお中国の民間信仰と道教は今日も継承されている生きた信仰であり、本項の記述はその神格の伝承と図像に関する学術的な整理である。
02
領分・別名
03
資料
Wikipedia
Wikidata
Q4419985 — 骨格データの出典