文昌帝君
ぶんしょうていくん · 文昌神 · 梓潼神
学問と科挙を司る道教の神で、北斗七星の文昌宮を神格化したもの。南宋以降、科挙の普及に伴い学校に祀られた。試験の内容が漏れないよう、耳の聞こえない従者と口のきけない従者を伴う。日本の天神と同じ職能。
解説
概要
文昌帝君(ぶんしょうていくん)、別名・文昌神は、道教の神である。学問や科挙を司る。
概要
北斗七星の「天枢、天璇、天璣、天権」を総称して文昌宮と呼ぶが、功名・福禄・寿命などを司るとされたそれを神格化したものである。
起源については黄帝の子孫の揮が文昌帝君になったという説もある。揮は周から元にかけて九十七回この世に生まれ、学問を志す者に尽くしたのち、道教の神として祀られるに至った。また、唐の優れた文筆家・張亜が神格化されたものだという説もある。
科挙と学問
南宋の時代、科挙の普及に伴い、学問や科挙を司るとして文昌帝君が学校に祀られるに至った。以後、元・明・清の時代、知識人のあいだで特に信仰を集めた。
元の頃から梓潼神と同一視されているが、本来は別の神である。
科挙という制度が神を生んだという点が、この神格を規定する。試験の合否という切実な関心が、星宿の神を学問の神に転じさせた。
陰騭文
文昌帝君の名を冠する『文昌帝君陰騭文』は、明代に成立した善書(道徳を説く書)である。人知れず善を積むこと(陰騭)を説き、『太上感応篇』とともに広く読まれた。
学問の神が、道徳の教えの説き手にもなっている。
図像と象徴
固有の図像は伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。冠と官服をつけ、笏あるいは如意を持つ姿で表される。
従者として天聾と地啞——耳の聞こえない者と口のきけない者——を伴う。試験の内容が漏れないためであるという。
関わる神格・伝承
文昌宮(北斗の四星)の神格化。梓潼神と同一視される。鍾馗、関帝とともに読書人の信仰を集めた。
日本の天神(菅原道真)と学問の神という職能を共有する。ただし系統は異なる。
文化的足跡
台湾・香港では、受験期に文昌帝君の廟に参る習俗が今日も広く行われる。日本の天満宮への合格祈願と同じ光景である。
なお中国の民間信仰と道教は今日も継承されている生きた信仰であり、本項の記述はその神格の伝承と図像に関する学術的な整理である。