タラッサ
タラッタ · Thalassa · Thalatta
海を神格化した原初の女神でポントスの女性版。ポントスとのあいだに魚の一族を産んだ。「タラッサ」は海を意味する普通名詞でもあり、神名との境界が曖昧である。
解説
概要
タラッサ(Θάλασσα / Thalassa)は、海を擬人化した女神である。「タラッサ」はギリシア語で海を意味する普通名詞そのもので、神名としての用例は少ない。原初の海の神ポントスと対にされ、ローマ期の美術では海の擬人像として描かれた。
神話・物語
ヘーシオドスの系譜にタラッサの名はない。ヒュギーヌス『神話集』序は、アイテール(上天)とディエース(昼)から大地、天空、海が生まれたとし、さらにポントスと海から魚の類が生じたと記す。
系譜上の位置づけは資料ごとにまちまちである。前5世紀の詩人キオスのイオーンは、ロドスのアポローニオスへの古注によれば、ヘカトンケイル(百腕の巨人)の一人アイガイオーン、すなわちブリアレオースをタラッサの子とした。ディオドーロス(5.55)は、ロドス島の技芸に長けた先住の一族テルキーネスをタラッサの子とし、その姉妹をハーリアーとする。『オルペウス讃歌』の海への讃歌ではテーテュースと同一視され、キュプリス(アプロディーテー)の母と呼ばれる。
パウサニアース(2.1.7〜8)は、コリントス地峡のポセイドーンの神域に、富豪ヘーローデース・アッティコスの奉納した群像があったと伝える。ポセイドーンとアムピトリーテーの戦車の台座に、幼いアプロディーテーを差し上げるタラッサの浮彫があったという。
バブリオスの伝えるイソップ寓話には、難破を見た農夫や生き残った男が海をなじると、海が女の姿で現れ、自分は本来穏やかなのに風が吹きつけて荒らすのだと弁明する話がある。2世紀のルーキアーノス『海の神々の対話』では、トロイア戦争でヘーパイストスの火に焼かれた河神クサントスが、タラッサに傷を冷やしてくれと訴える。
図像と象徴
本サイトの主画像は、512年頃に制作された『ウィーン写本ディオスクリデス』(オーストリア国立図書館)の紙葉391裏、薬草の効能を詠む詩の箇所に描かれたタラッサの擬人像である。
ローマ期のモザイクでは、海の神格はもともとオーケアノスとテーテュースが担っていたが、時代が下ると、とくに西アジアでタラッサの像がこれに代わる。海藻の帯をまとって半身を水に沈め、かつてオーケアノスの持物であった蟹の鋏を角のように頭に戴き、片手に櫂、片手に海豚を持つ姿である。テーテュースと名を記された像との区別は必ずしも明確でない。
系譜と関係
ヒュギーヌスによれば父はアイテール、母はヘーメラー(ディエース)。配偶はポントス。子は魚の類、ディオドーロスではテルキーネスとハーリアー。
文化的足跡
クセノポーン『アナバシス』(4.7)では、内陸を撤退してきたギリシア兵が山上から黒海を望み、「タラッタ、タラッタ」(海だ、海だ)と叫ぶ。海王星の衛星タラッサは、この女神の名による。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。