オドゥドゥワ
オドゥドゥア · オードゥア · オオドゥア
ヨルバの王権の祖とされるオリシャ。イレ・イフェに王朝を開き、その子孫が各地の王家となったと伝えられる。オバタラから大地の創造を奪った者としても語られる。
解説
概要
オドゥドゥワ(ヨルバ語 Odùduwà)は、アフリカ神話のうち西アフリカのヨルバ人が奉じるオリシャであり、同時にイレ・イフェに王朝を開いた神聖王として語られる。ヨルバの人々が自らを「オモ・オドゥドゥワ(オドゥドゥワの子ら)」と称するように、この名は民族の起源そのものと結びついている。オロフィン・アディムラ、オロフィン・アイエの称号で称えられ、名は「存在を生み出す大いなる器」と解される。
この神格には二つの層がある。ひとつは大地を造った者としての宗教的な相、もうひとつは11世紀前後のイフェに実在したとみられる王としての歴史的な相である。信徒はこの二つを重ねて語り、歴史学は分けて扱う。混ぜずに読むことが、この項の要点になる。
神話・物語
創世譚では、オロドゥマレがまずオバタラに大地を造る役を与えた。砂を詰めた蝸牛の殻、砂を掻き散らす五本指の雄鶏、地の固まり具合を試すカメレオンを携えて天から降るはずだったが、オバタラは椰子酒に酔って眠り込む。その隙に道具を取ったオドゥドゥワが原初の水面へ砂を撒き、最初の陸オケ・オラが現れた。彼が植えた椰子の実からは十六の枝をもつ木が生え、これが初期イフェを構成した氏族の数を表すとされる。
この「創造の簒奪」は、オバタラを奉じる集団とオドゥドゥワを奉じる集団の対立として今日まで生きており、イフェのイタパ祭で毎年再演される。オバタラには、粘土から人の身体を造る役が残されたと語られる。
歴史の層はこう伝えられる。オドゥドゥワはイフェの東方の丘オケ・オラから来た人物で、当時この一帯を構成していた十三の共同体の輪番制の連合に割り込み、その秩序を覆した。オバタラ側との抗争は数世代に及んだが、天然痘の大流行を機に和解が成り、諸共同体はオドゥドゥワの一族のもとで単一の国家にまとまったという。考古学の年代観と口承の年代記は、その治世をおおむね800〜1000年頃に置く。
孫にあたるオラニヤン(オランミヤン)はオグンの子と伝えられる王子で、イフェ型の王権を各地へ広げた。オヨとベニンの王朝はこの系統に発し、ベニンではオラニヤンの子エウェカが初代のオバとして立ったとされる。イフェを離れた王子は十六人とも数えられるが、歴史家はこれを文字通りの家系図ではなく、記憶に値する王家を後から束ねた枠組みとみている。
異伝も無視できない。より古い層では、オドゥドゥワは女性——大地イレそのもの——であり、オバタラと男女一対をなしたと伝えられる。イファの詩句オサ・メジではオバタラの妻として現れる。仮面結社ゲレデでは入信者にオドゥドゥワの社が授けられ、「我らの母」イヤミと呼ばれる祖母神たちに結びつけられる。母系から父系への転換の記憶をここに読む説もあるが、確証はない。
19世紀にサミュエル・ジョンソンが記録した伝承は、オドゥドゥワをメッカから来た王子ラムルドゥの子とする。イスラームの影響下で後代に形成された系譜とみるのが今日の大方の理解であり、ヨルバの他の伝承とも整合しない。
図像と象徴
古代の作例でオドゥドゥワと同定できるものはない。イフェから出土した12〜15世紀の真鍮・テラコッタの頭部は、写実的な造形と顔面の細い条痕を共有するが、いずれも歴代のオーニ(王)を表すと考えられている。この神格の徴は像ではなく、王冠(アデ)そのものにある。「オドゥドゥワの王冠」を持つことが王家の正統性を保証したとされ、ヨルバ各地の王権はこの一点に接続することで自らを位置づけた。
現代の造形としては、イレ・イフェのオバフェミ・アウォロウォ大学オドゥドゥワ・ホールに立つ木彫像が知られる。彫刻家ラミディ・オロナデ・ファケイェが1987年にイロコ材から彫り上げた高さ約4メートルの像で、オーニのオクナデ・シジュワデによって除幕された。冠を戴き、腰に鎖を巻き、足下に雄鶏を、台座にカメレオンを配した姿は、創世譚の道具立てをそのまま彫り込んだものである。胸の蝶結び状の徽章は、11〜15世紀の王の像に見られる意匠を引いている。古代の図像を欠いたまま、20世紀の彫刻が神話の細部から像を組み立てた例といえる。
系譜と関係
配偶関係の伝えは一様でない。オバタラを兄弟とも配偶者とも、対立者とも語る伝承が並存する。オロクンを正妻に数える伝えは、ヨルバの王朝譚に属する。子孫としてはオラニヤンとその子エウェカが挙げられ、ヨルバ各地とベニンの王家はここから分かれたとされる。
創造神でありながら、その創造が簒奪として語られる点にこの神格の特徴がある。大地との結びつきは、女性としてのオドゥドゥワ=イレの伝承にとくに強く現れる。
文化的足跡
「オモ・オドゥドゥワ」という自称は、20世紀のヨルバの民族意識の核となった。1945年にロンドンでオバフェミ・アウォロウォらが結成した文化団体エグベ・オモ・オドゥドゥワはその代表例で、のちのナイジェリア政治にも影響を残した。神話上の祖が近代の集団的自己認識へ読み替えられていく過程は、ヨルバ研究の主題のひとつである。イレ・イフェの王オーニは今日もオドゥドゥワの後継として遇され、その即位は民族全体の関心を集める。