人狐
ひとぎつね · にんこ · じんこ
出雲・伯耆に伝わる狐の憑き物。テンに似た小獣の霊とされ、これを持つ家は人狐持ちと呼ばれ忌避された。山陰は人狐伝承の本場とされる。
解説
概要
人狐(ひとぎつね、にんこ、じんこ)は、中国地方、とりわけ出雲・伯耆に伝わる狐の憑き物。テンに似た小獣の霊とされ、これに憑かれた者は腹痛を患い、精神に異常をきたすといわれた。これを持つ家は「人狐持ち」と呼ばれて忌避された。山陰地方は人狐伝承の本場とされ、関東のオサキ、中部の管狐と並ぶ、西日本の憑き物筋の中心をなす。
由来と物語
人狐は「ニンコ」の読みで民間に伝わったことが、ラフカディオ・ハーンの伝聞からうかがえる。出雲・伯耆に限っては「ジンコ」とも読まれた。
起源については、社会史的な説明が早くからなされてきた。山根与右衛門の『出雲国内人狐物語』(1786年)によれば、人狐伝承が起こったのは享保年間、富農と小作人の確執があり、制裁に業を煮やした者たちが富農の家に「人狐持ち」の悪評を広めたことに始まるという。憑き物筋の噂が、共同体内部の対立から生まれたことを、当時の文献自身が語っている点が注目される。
一方、民族研究者の倉光清六は、「人狐」は農民の造語ではなく修験道者の入れ知恵だとみる。もともと他地域と同じく「ゲドウ(外道)」と呼ばれていたはずのものに、出雲の高位の山伏たちが「人狐」というもっともらしい名をつけたのだろうと説く。狐を天地人の三才に配せば「天狐・地狐・人狐」という語は容易にできあがる、とも指摘する。平田篤胤の『古今妖魅考』にも、天狗に天狐・地狐・人狐の別があるとの記述が見える。
図像と象徴
人狐そのものを描いた古い図像は伝わらない。姿は、使い手にしか見えないとされたためでもある。
その形容は語りのなかにある。ハーンによれば、大きさはイタチほどで形もイタチに似るが、尾だけは狐のように長いという。地方によっては、池のヤナギの根で何匹も重なり合って騒ぐ「水鼬(みずいたち)」を人狐とする。島根県の異聞では、普通の狐より小さい狐ともいい、人の体に入って病気にさせ、その者が死ぬと腹や背を食い破って出るので、死者の体には黒い穴があいているという。
象徴として読めば、人狐は共同体内部の見えない敵意の形象化である。誰かが病むとき、それを特定の家が使役する狐のしわざとして語ることで、原因の見えない不幸に名指しできる相手が与えられた。人狐は、その名指しの装置であった。
関わる伝承
人狐に憑かれた者は、まるで人狐そのものとなり、人狐持ちの家の者の言葉を口走ったり、狐のように四つんばいで歩き、狐の好むものを食べるようになるという。人狐持ちの家の者が結婚すると、七十五匹の人狐が嫁ぎ先を襲うため、人狐持ちは冷遇され、縁組を避けられた。家は人狐が富を運んで栄えるが、人狐を虐待すればたちまち家運が傾き、その零落した家産を買った者にも人狐が襲うといわれた。
同じ島根でも、石見や隠岐では憑く霊が犬神となり、トウビョウとも呼ばれると、井上円了やチェンバレンが指摘している。宮城県では管狐を人狐と呼ぶなど、各地の憑き物と呼称が交差する。オサキ・管狐・犬神と連なる憑き物筋の一環をなしている。
文化的足跡
人狐持ちの観念は、山陰地方で近代まで根強く残り、婚姻や交際における深刻な差別を生んだ。吉田禎吾の社会人類学的研究は、この憑き物筋が、共同体のなかの富の偏りや新旧の家の緊張と結びついて維持されてきたことを明らかにしている。
ラフカディオ・ハーンが著作でこれを西洋に紹介したこともあり、人狐は出雲の民俗を語るうえでしばしば言及される。狐が人を化かすという古い信仰の一形態でありながら、その実質は、共同体が内部の緊張を処理するための、生々しい社会的な装置であった。