ナーン・クワック
ナーン・クワック · 招き女 · Nang Kwak
タイの商売繁盛の女神。赤い衣と金の冠で、掌を下に向けて客を手招きする像が商店の祭壇に置かれる。稲の女神メー・ポーソップの化身ともされ、阿羅漢の祝福を受けた行商の娘スパーワディーの伝説と、『ラーマキエン』に連なる伝説がある。
解説
概要
ナーン・クワック(タイ語 นางกวัก、「手招きする女」)は、タイの商店や市場の屋台で祀られる、商売繁盛と富の女神である。掌を下に向けて手招きする女性の像として表され、客を呼び寄せると信じられている。寺院の本尊として祀られる神ではなく、家と店を守る民間信仰の存在だが、その由来を仏教の説話や叙事詩のなかに求める伝説が作られてきた。
なお本サイトの分類では、東南アジアの神話を主たる体系とし、仏教を併記する。
招く手
像の形はほぼ定まっている。赤いタイの衣をまとい、金の冠をいただいた女性が、坐るか膝をついた姿勢で右手を上げる。その手は、掌を下に向けて指を曲げる、タイで人を呼び寄せるときの仕草をとる。左手は膝の上に置くか、金の詰まった袋を抱える。店では小さな像や、女神の姿を刷った布の護符(パー・ヤン)が祭壇に置かれ、品を売り歩く人々は女神をかたどった護符を首にかける。
稲の女神の面影
ナーン・クワックの姿は、タイの稲の女神メー・ポーソップの像とよく似ており、その化身とみなされることがある。ただし、メー・ポーソップが刈り取った稲束を右肩に担ぐのに対し、ナーン・クワックは稲を持たない。田の実りをもたらす女神の姿が、町の商いに富を呼ぶ女神の姿へと移っていったと考えられる。富と幸運をもたらす女性の神という点で、ヒンドゥーのラクシュミーと比べられることも多い。
二つの伝説
仏教の伝説では、ナーン・クワックはもと、行商を営む夫婦の娘スパーワディーであった。両親とともに荷車で町から町へ品を売り歩いていたある日、彼女は阿羅漢カッサパ長老の説法を聞いて深く帰依した。長老はその信心に応えて、娘とその家に商いの幸運を授け、以来一家の商売は栄えたという。
もう一つの伝説は、『ラーマーヤナ』のタイ版『ラーマキエン』の世界に連なる。ラーマ(プラ・ラーム)に打ち倒されて呪いを受けた巨人の娘ナーン・プラチャンは、父の呪いを解くために蓮の花びらで僧衣を織り続け、暮らしを立てる暇がなかった。これを哀れんだ森の主プー・チャオ・カオ・キアオが、自らの娘ナーン・クワックを彼女のもとに遣わすと、商人や貴人が次々と訪れて金銀を贈り、ナーン・プラチャンは豊かになったという。
どちらの伝説も、民間で祀られてきた女神を、仏教や叙事詩の物語のなかに位置づける役割を果たしている。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、タイ東北部シーサケート県のワット・プラタート・ルアンロンにあるナーン・クワック像である。
手招きの仕草で客を呼ぶという点で、日本の招き猫とよく似た役割を担っている。
関わる神格・伝承
メー・ポーソップの化身ともされ、ラクシュミーと比べられる。タイの商店の祭壇には、四面のプラ・プロムや仏像とともに置かれることが多い。
文化的足跡
ナーン・クワックの像や護符は、今日もタイの商店、市場、屋台に広く見られる。
なおタイの仏教と民間信仰は今日も継承されている生きた伝統であり、本項の記述はその伝承に関する学術的な整理である。