人魚
マーメイド · マーメード
上半身が人の女性、下半身が魚の姿をした水の存在。シリアの女神デルケトの変身譚や、中世に魚の尾を得たセイレーンと重なり、英国や北欧の伝承では嵐や難破の前兆とされた。紋章では櫛と鏡を持つ。
解説
概要
人魚は、上半身が人間の女性、下半身が魚という姿で語られる水の存在である。特定の神話体系に属する一柱の神ではなく、世界各地の水辺の伝承に繰り返し現れる形象である。美しさで人を惹きつける一方、その出現は災いの前触れともされた。
神話・伝承
魚の尾をもつ女性像の古い例として、アシュケロンで崇拝されたシリアの女神アタルガティス(ギリシア名デルケト)がしばしば挙げられる。前1世紀のディオドロスによれば、デルケトは過ちから生まれた子を荒野に捨てて湖に身を投げ、人の頭をもつ魚の姿に変じた。捨てられた子は鳩に養われ、のちの女王セミラミスとなった。2世紀のルキアノスは、フェニキアで女の上半身に魚の尾をもつデルケトの像を見たと記す。ただし聖都ヒエラポリスの像は、まったく人の姿であったという。メソポタミアの楔形文字文書には、水の神エアに仕える七賢人アプカルのうち、魚の姿をしたオアンネスらが現れる。
しばしば混同されるセイレーンは、歌で船人を破滅に誘う存在としてホメーロス『オデュッセイア』に現れる。その姿は古くは半ば鳥として表され、キリスト教の時代になって半ば魚の姿に移った。魚の尾をもつセイレーンを記す最古の文献は、7〜8世紀の『怪物の書』である。フランス語やイタリア語で人魚を「セイレーン」に由来する語(シレーヌ、シレーナ)で呼ぶのは、この重なりによる。

イギリスの民間伝承では、人魚は災いを予告し、ときに引き起こす不吉な存在とされ、バラッドでは人魚を見ることが難破の前兆として歌われた。ノルウェーの海の女ハヴフルーは嵐や悪天候を告げ、スウェーデンの水の精シェーローの出現は嵐や不漁の前触れとされた。1493年には、コロンブスがイスパニョーラ島の沖で三頭の「人魚」を見て、描かれるほど美しくはなかったと記している。これはマナティーであったと考えられている。
日本の「人魚」は人の頭に魚の体をもつ姿で描かれ、その肉を食べて数百年を生きたという八百比丘尼の伝説が知られる。

図像と象徴
人魚の定番の持物は櫛と鏡である。紋章学では、櫛と鏡を手にした人魚を「虚栄の人魚」(mermaid in her vanity)と呼ぶ。尾が二股に分かれた人魚は紋章ではメリュジーヌと呼ばれ、ドイツの紋章に多く見られる。この呼び名が定着したのは、19世紀後半のことらしい。中世の動物寓意譚では、人魚(セイレーン)は歌で人を惑わす世俗の誘惑の象徴として教訓化された。
本サイトが掲げるのは、J・W・ウォーターハウスの《人魚》(1900年)である。
系譜と関係
男性形の人魚マーマン、海神ポセイドーンの子トリートーンとその眷属、起源に擬されるアタルガティスなどが、人魚と近い水の存在として並ぶ。アザラシが人に変わるセルキーや、水死した若い女の霊とされるスラヴのルサールカなど、水辺の女の霊の伝承は各地にある。
文化的足跡
アンデルセンの童話「人魚姫」(1837年)は、この形象に自己犠牲の物語を与え、後世の映像作品にまで受け継がれた。ハイチのヴードゥーの人魚の霊ラシレーヌの名は、フランス語の「ラ・シレーヌ」に由来する。