アタルガティス
デルケトー · アッタルアッター · Atargatis
ヘレニズム・ローマ時代のシリア内陸で最も重んじられた女神。ヒエラポリスを中心に嵐の神ハダドと並んで祀られた。魚と鳩を聖なる生き物とし、ギリシア人にはデルケトーの名でも知られた。
解説
概要
アタルガティスは、ヘレニズム・ローマ時代のシリア内陸で最も重んじられた女神である。中心の聖所はユーフラテス川に近いヒエラポリス(現マンビジ、古名バンビュケ)にあり、ギリシア語の文献はこの女神を「シリアの女神」と呼んだ。ギリシア人のあいだではデルケトーの名でも知られる。都市とその人々を守る女主であり、作物と家畜の実りをもたらす女神でもあった。配偶神は嵐の神ハダドで、二柱は並んで祀られた。
祭祀はシリアにとどまらず、セレウコス朝の王の硬貨、パルミラやドゥラ・エウロポス、ナバテア、さらにはローマ帝国の各地に広がった。
神話・物語
名の由来は、アラム語形アッタルアッター(ʿtrʿth)から説明される。前半のアッタルは本来女神アスタルトの名だったが、鉄器時代には「女神」一般を指す語になっていた。後半のアッターはアナトのアラム語形である。つまり名そのものは「女神アナト」に近い意味の合成で、二柱の女神が一柱に溶け合ったと単純に言えるものではない。ギリシア語のデルケトーは、頭音を落とした形タルアッターから出たとされる。
物語として伝わるのは、デルケトーの名のもとでの一話である。ディオドロスがクテシアスに拠って記すところでは、パレスティナ沿岸のアシュケロンの湖のほとりに、顔は女で体は魚のデルケトーの像を祀る聖所があった。女神はアプロディーテーの怒りによって一人のシリアの若者に恋し、娘を産むが、恥じて若者を消し、娘を荒野に捨て、自らは湖に身を投げて魚の姿になった。捨てられた娘は鳩に養われて育ち、のちにアッシリアの女王セミラミスとなる。土地の人々が魚を食べず鳩を神聖視する由来を語る話であり、アタルガティス本来の神話というより、ギリシア語の書き手が伝えた土地の縁起である。アシュケロンでアタルガティスその人が祀られた確かな証拠はない。
ヒエラポリスの祭儀は、ルキアノスの名で伝わる『シリアの女神について』(2世紀)に詳しい。神殿の池では聖なる魚が飼われ、ガッロイと呼ばれる祭司たちが祭の熱狂のなかで自らを去勢して女神に仕えた。神殿の前の柱には年に二度男が登り、七日をそこで過ごしたという。ギリシア人の目から見た記録であり、誇張や誤解を含みうることには注意がいる。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、ヨルダンのナバテアの聖所ヒルベト・タンヌールから出た女神の胸像(100年頃、ヨルダン考古学博物館蔵)である。女神は葡萄の蔓や果実のなかから現れ、作物の実りの女神としての面をよく示す。頭上には、ナバテアでこの女神と並んで祀られたエドムの神コースの徴である鷲をいただく。
ルキアノスによれば、ヒエラポリスの女神像は二頭の獅子に挟まれて座り、片手に笏、もう一方に紡錘を持ち、頭には光線と城壁の冠をいただいていた。夜に光る宝石をはめていたともいう。ヒエラポリスの硬貨にも獅子のあいだに座る女神が刻まれ、この記述と合う。ルキアノスはこの像が完全な人の姿だったと明記している。下半身が魚の姿は文献上アシュケロンのデルケトーについて語られたもので、セレウコス朝のデメトリオス3世の硬貨に魚の体の女神が現れるものの、現存する作例の大半は人の姿をしている。
魚と鳩はこの女神の聖なる生き物とされ、食べたり殺したりすることが禁じられた。ヨーロッパの人魚の伝承の源流の一つに数えられることがあるが、それは主としてデルケトーの像をめぐる古典の記述に負っている。
系譜と関係
配偶神はハダドで、ヒエラポリスでも硬貨でも二柱の像が対で表された。ルキアノスは二柱をギリシアのヘーラーとゼウスに当てている。後期ローマのマクロビウスは、シリアの人々がアダドとアダルガティスを至高の神々として祀ったと記す。
ウガリットの女神たちとの関係はしばしば論じられる。名の上ではアスタルトとアナトにつながるが、アーシラトを加えた三柱の女神が一つになったとする見方は、近代の研究者が組み立てた図式であり、ウガリットの史料が支えるものではない。
文化的足跡
3世紀のシリア語の文献は、エデッサの人々が女神のために自らを去勢していたが、キリスト教に改宗した王アブガルがこれを禁じたと伝える。ローマ時代のシリア女神の祭祀は、アプレイウス『黄金のろば』で放浪するガッロイの姿として風刺の対象にもなった。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。