門神
もんしん · 神荼 · 鬱塁
中国の門を守る神で、春節に一対の絵が門戸に貼られる。唐の太宗を悪鬼から守った武将秦叔宝と尉遅敬徳が描かれるのが一般的。桃の板に神荼・鬱塁の名を書く「桃符」が前身。扉が二枚だから神も二柱である。
解説
概要
門神(もんしん)は、中国の仏教寺院、道教道観や住宅などの建物の入口に立ち、門番の役目をする神である。検閲を司り悪鬼から門を守るとの伝えから、春節に中国各地の門戸に貼られる。
概要
中国においては寺院・道観にとどまらず、民家の門にも絵画で普及している。邸宅では彩色で直接正門の扉に描かれるが、簡易なものでは木版画として売られ、これを旧暦の新年に際して扉に貼る風習がある。
観音開きの木戸が多いため、左右の扉の外に面した側に一対の門神が貼られる、または描かれるのが普通である。
誰が描かれるか
中国においては、民間伝説としてよく知られている秦叔宝(秦瓊)と尉遅敬徳(尉遅恭)が対で描かれる。一枚扉の場合は、魏徴または鍾馗が描かれることが多い。
伝えによれば、唐の太宗が病んで夜ごと悪鬼に悩まされたとき、武将の秦叔宝と尉遅敬徳が甲冑を着て門を守った。太宗は二人の労を思い、その姿を描かせて門に貼らせた——これが門神の起源であるという。
実在の武将が門を守る神になっている。
起源
門神の歴史は古く、その前身は「桃符」である。桃の木の板に神荼・鬱塁という二神の名を書いて門に掛け、鬼を退ける習俗があった。
『山海経』の逸文によれば、東海の度朔山に大きな桃の木があり、その東北の枝の下が鬼の出入りする門であった。神荼と鬱塁がこれを守り、人を害する鬼を捕らえて虎に食わせたという。
桃の板が紙になり、名が絵になって、今日の門神の絵となった。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、中国の民家に貼られた門神の写真である。
一対であることが、この神を規定する。門が二枚の扉から成るため、神も二柱でなければならない。建築の形式が、神の数を決めている。
朝鮮・台湾・ベトナムにも伝播し、塑像や絵画として具象化されている。
関わる神格・伝承
神荼・鬱塁が原型。秦叔宝と尉遅敬徳、鍾馗が描かれる。日本の仁王、哼哈二将と門の守護という職能を共有する。
文化的足跡
春節に門神の絵を貼る習俗は、今日も中国各地で続いている。年画(新年の版画)の主要な画題である。
なお中国の民間信仰と道教は今日も継承されている生きた信仰であり、本項の記述はその神格の伝承と図像に関する学術的な整理である。