コシャル・ハシス
コシャル · ハイヤーヌ · クーソール
ウガリットの神々の工匠で、建築・鍛冶・音楽・魔術を兼ねる。バアルに海神ヤムを倒す棍棒を与え、その宮殿を建てた。窓を設けるかをめぐるバアルとの議論が伝わる。
解説
概要
コシャル・ハシス(ウガリット語 kṯr w ḫss。コシャル、ハイヤーヌとも)は、ウガリットの神々の工匠である。名は「巧みにして賢い者」と訳され、「賢い工匠」をひとまとまりで言い表したものとも解される。短い形のコシャルは単独で現れるが、後半のハシスだけで呼ばれることはない。二柱の神が合わさった名とみる研究者もいる。
職分は鍛冶にとどまらない。神殿や宮殿を建て、武器や調度を作り、歌を奏で、呪術や占いにも通じる。技一般を司る神であり、ウガリットでは祭儀の供物の一覧にも、「コシャルは王」のような人名にもよく現れる。
神話・物語
『バアル叙事詩』で、コシャル・ハシスは誰か一柱の味方というより、技を請われて働く職人として登場する。最初の依頼主はエールで、王位に就けたヤムのための館を急いで建てるよう命じる。
ところがバアルとヤムの戦いでは、コシャル・ハシスはバアルの側につく。ヤムの力に気後れするバアルに勝利を約束し、二本の棍棒を作って「ヤグルシュ(追い払う者)」「アイヤムル(駆り立てる者)」と名づける。最初の棍棒はヤムの肩を打っても倒しきれず、二本目が額を打ってヤムを地に崩れさせる。
宮殿の造営でも中心に立つ。バアルは自分の館を持つため、アーシラトの口添えを得ようとし、コシャル・ハシスに贈り物を作らせる。鍛冶場からは銀や金の調度、履物、卓と鉢が生まれる。エールの許しが出ると、コシャル・ハシスはレバノン杉と貴金属で宮殿を建てる。窓を設けるよう勧める工匠に対し、バアルは娘たちが逃げることやヤムがまた襲ってくることを恐れて拒む。のちにバアルは考えを改めて窓を開けさせ、そこから雷鳴を轟かせる。『エレミヤ書』9章の、死が窓から上ってくるという句をこの場面と結び、死の神モートが窓から入るという観念を読む解釈もあるが、叙事詩の本文がそう語るわけではない。
叙事詩を閉じるシャプシュへの讃歌にもこの神の名が現れる。ただし両者の関係を表す語の読みは定まらず、「呪術師」とも「舵取り」とも訳される。『アクハト物語』では、英雄アクハトの弓を作ってダニールの家に届ける。この弓を女神アナトが欲しがったことが、アクハトの死を招く。
図像と象徴
コシャル・ハシスを描いたと確かめられる像は知られておらず、本サイトも主画像を掲げない。
住まいの置き方に、この神の性格がよく表れている。文書は住処を、プタハの神殿の名に由来する「フクプト」(メンピス)と「カフトル」(クレータとされる)の二つとする。工芸の神プタハの都と、金属や工芸品が渡ってくる島である。ウガリットから見てどちらも海の向こうの地であり、工匠の神を外から来た者として描くとともに、後期青銅器時代の金属と工芸品の交易路を映しているとみられる。
系譜と関係
親や配偶神は伝わらない。出産を助ける女神たちコタラトの名は、コシャルと同じ語根から出ている。ウガリットの多言語の神名表は、コシャルをメソポタミアのエア(エンキ)やフルリのエアンに対応させている。
ビュブロスのフィロンが伝えるフェニキアの伝承では、クーソールの名で現れる。人間の発明者として語られ、鉄とその加工、釣り針や筏を見いだし、言葉の技や呪いにも通じた者とされる。ギリシア人はヘーパイストスに当てた。ギリシアのヘーパイストス、インドのヴィシュヴァカルマンと同じく神々の工匠ではあるが、建築と音楽と呪術まで兼ねる点に違いがある。
文化的足跡
『バアル叙事詩』の宮殿造営の段は、建材の調達から完成の宴までを細かく語る。施主と工匠が窓をめぐってやり取りする場面は、神話のなかに建築の現場の会話が残された例として注目されてきた。