コリャダ
コレダ · コリャドゥ · コレード
冬至の祭に結びついたスラヴの形象。生まれたばかりの冬の太陽の擬人化とされるが、研究者の多くはクパーラと同じく祭の名から作られた疑似神格と見る。
解説
概要
コリャダ(Коляда、ブルガリア語 Коледа)は、冬至の祭に結びついたスラヴの形象である。生まれたばかりの冬の太陽の擬人化、新年の循環の象徴として説明される。スラヴ語の語根 *kol- が輪と循環を含意することが、しばしばその根拠に挙げられる。
ただし、これを神と呼べるかどうかは争われている。研究者の多くは、クパーラと同じく、祭の名が先にあって神が後から作られた疑似神格と見る。歌のなかで男神とされることも女神とされることもあり、一定しない。
神話・物語
物語はない。あるのは祭である。
コリャダは、冬至の前後に行われる家々を回る歌の習俗——コレドゥヴァネ、コリャドヴァニエ——の名でもある。若者や子どもの一団が家々を訪ね、豊作と健康を願う歌(コリャトカ)を歌い、返礼に食べ物を受け取る。ロシアの一部では、歌い手に渡す供物のパンそのものをコリャダと呼ぶ。クロアチアではコレドと呼ばれる人形がこの形象を表した。
歌のなかでのコリャダは、扉の外に立って呼びかけられる存在である。到来を告げられ、迎え入れられ、もてなされる。神像はなく、神殿もなく、祭祀もない。あるのは、年の変わり目に家の敷居の外側から呼びかけられる名だけである。
図像と象徴
神像はない。あるのは、歌い手の一団と、彼らが掲げる星である。
本項の主画像は、コンスタンチン・トルトフスキが19世紀後半に描いた《小ロシアのコリャトキ》で、雪の村で歌う一団を描く。同じ主題は、1886年の『絵入り展望』誌に載ったA・サフォノフ原画の木版《村の讃め歌い手》など、19世紀ロシア・ウクライナの絵画と挿絵に繰り返し現れる。ニコライ・ピモネンコにも同題の作がある。いずれも描かれているのは神ではなく祭であり、その点でコリャダの実態に近い。
象徴の中心は「輪」である。冬至は太陽が最も低くなって折り返す点であり、そこから年が回りはじめる。四つの季節を巡り、一つの状態から別の状態へ移るという説明は、この語根から引き出されたものである。
系譜と関係
系譜はない。争点は、この形象を神と呼べるかどうかである。
トポロフは、後代の史料にのみ現れるこの種の形象を神とは認められないとした。ゾキオスは近年、クパーラとコリャダを並べてスラヴ疑似神話の実例として論じている。ベロボーグやヤリーロとともに、疑似神格の代表として扱われることが多い。
一方で、祭そのものは疑いなく古い。名はラテン語のカレンダエ(calendae、朔日)に由来するという説が広く行われており、ローマの新年の祝いがバルカン経由でスラヴ圏に入ったとする。この説を採れば、コリャダという語はもともと祭の名——それも借用語——であり、神の名ではなかったことになる。
文化的足跡
語としてのコリャダは、スラヴ圏の日常語のなかに深く根を下ろしている。ブルガリア語のコレダは今日そのまま「クリスマス」を意味する。ベラルーシとウクライナでは、正教のクリスマスから1月14日にかけて歌われる歌をコリャトカと呼ぶ。ルーマニア語のクラチュン、ハンガリー語のカラーチョニ(いずれも「クリスマス」)は、コロチュン/クラチュンというコリャダ祭の別名から派生したものである。リトアニア語のカレードスも同じ系統に連なる。スラヴ語圏ではない国々にまで、この祭の名が渡っている。
現代では、スラヴの新異教運動がコリャダを冬至の神として掲げる。ウクライナのノクターナル・モータム、ロシアのアルコナやイヴァン・クパーラなど、フォーク/ペイガンメタルの分野にもこの名を冠した曲が多い。ただし、そこで歌われる「太陽神コリャダ」は、19世紀以降の再構成の産物である。祭の側は千年をさかのぼれるが、神の側はさかのぼれない。