カイ・ホスロウ
カイ・ホスロウ · カウィ・ハオスラワ · Kay Khosrow
『シャー・ナーメ』のカヤーン朝の王で、シヤーヴァシュとトゥーラーンの王女ファランギースの子。父を殺した祖父アフラースィヤーブを討って理想の統治を行ったが、傲慢に陥ることを恐れて自ら退位し、雪の山中で姿を消した。アヴェスターのカウィ・ハオスラワにあたる。
解説
概要
カイ・ホスロウは、イランの伝説に語られるカヤーン朝の王で、『シャー・ナーメ』の主要な登場人物である。
イランの王子シヤーヴァシュの子であり、シヤーヴァシュは亡命中にトゥーラーンの王女ファランギースと結婚した。
カイ・ホスロウが生まれる前に、父は母方の祖父アフラースィヤーブによってトゥーラーンで殺された。アフラースィヤーブの賢明な宰相ピーラーンは、生まれた子を山の羊飼いのもとで育てさせた。
復讐と統治
勇士ゴーダルズの子ギーヴがカイ・ホスロウを探し出し、母とともにイランへ連れ帰った。王位に就いたカイ・ホスロウは、父の仇を討つためにトゥーラーンと戦い、長い戦いの末に、母方の祖父アフラースィヤーブを捕らえて処刑した。復讐を遂げたのち、カイ・ホスロウは正しく世を治め、理想の王として描かれる。
消失
治世の終わりに、カイ・ホスロウは深く思い悩んだ。祖父カイ・カーウースのように傲慢に陥ることを恐れ、多くの血を流したことを悔いていたのである。カイ・ホスロウはロフラースプを後継に指名して、自ら王位を退き、側近たちとともに山へ向かった。雪のなかで泉に身を浸したのち、その姿は消えてしまった。側近たちは引き返すよう告げられていたが、従わずに進み、雪に埋もれて死んだ。
カイ・ホスロウは死んだのではなく、姿を消したとされる。世の終わりに再び現れるという伝えもあり、ゾロアスター教の終末論では、サオシュヤントが現れるときに蘇る者の一人に数えられている。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、1430年のバイスングル本『シャー・ナーメ』の一葉で、カイ・ホスロウの率いるイランの軍とアフラースィヤーブの率いるトゥーラーンの軍の戦いを描く。
系譜と関係
父はシヤーヴァシュ、母はファランギース、祖父はカイ・カーウースとアフラースィヤーブ。
アヴェスターのカウィ・ハオスラワにあたる。
なおゾロアスター教は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその伝承に関する学術的な整理である。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。