イブリース
イブリース · シャイターン · Iblis
イスラームにおける悪魔たちの長。土から造られたアダムへの跪拝を、自らは火から造られたゆえに優れていると言って拒み、天から追われた。天使ではなくジンとする理解が優勢である。スーフィーには神以外に跪かなかった真の一神教徒とする読みもある。
解説
概要
イブリース(シャイターンとしても知られる)は、イスラームにおける悪魔たち(シャヤーティーン)の長である。
クルアーンによれば、イブリースはアダムの前に跪拝することを拒んだのち、天から追い出された。
スーフィーの宇宙論において、イブリースは神の愛の内在的な相と、神の怒りの超越的な相を隔てるとされる宇宙の帳を体現する。
なお本サイトの分類では、アブラハムの体系に含めて扱う。
跪拝の拒否
クルアーンの複数の章に、この場面が繰り返される。
アダムの創造。 神が土からアダムを造り、天使たちに跪拝を命じた。
すべてが従った。 イブリースを除いて。
その言い分。 「私は彼より優れている。あなたは私を火から造り、彼を土から造った」(7章12節)
傲慢。 クルアーンはこれを「彼は思い上がり、不信仰の徒となった」と評する。
猶予の願い。 イブリースは「復活の日まで猶予を与えよ」と願い、認められた。以後、人を惑わすことを許される。
神が許可する。 誘惑者の活動が、神の許しの下にある。ヨブ記のハ・サーターンと同じ構造である。
天使かジンか
イブリースが何であったかは、イスラーム神学における長い議論である。
天使説。 天使への命令に含まれていたのだから、天使であったとする。
ジン説。 クルアーン18章50節「彼はジンの一人であり、主の命に背いた」——この一節がジン説の根拠である。
火から造られた。 ジンは火から造られる。イブリース自身が「火から造られた」と言う。
多数説。 今日、ジンであったとする理解が優勢である。
キリスト教との違い。 サタンが堕天使であるのに対し、イブリースは天使ではない。天使は神に背かないというイスラームの理解が、この差の背景にある。
スーフィーの解釈
一部のスーフィーは、イブリースを異なる形で読んだ。
ハッラージュ。 10世紀の神秘家ハッラージュは、イブリースを「真の一神教徒」と呼んだ。
神以外に跪拝しない。 アダムに跪くことは、神以外を拝することになる。イブリースはそれを拒んだ。
神の命に背いてまで神を愛する。 この逆説的な読みは、正統派から激しく批判された。
ハッラージュは922年に処刑された。
アッタール。 ペルシアの詩人アッタールも、イブリースを愛のゆえに呪われた者として描いた。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、アダムと天使たちを見るイブリースを描いた写本挿画である(イスタンブル、トプカプ宮殿図書館 MS Bağdat 282 fol.16)。
黒い姿。 他の天使が白く描かれるなか、イブリースのみが黒く、あるいは灰色に描かれることが多い。
関わる神格・伝承
文化的足跡
イブリースをめぐるスーフィーの解釈は、20世紀のイスラーム思想において繰り返し論じられてきた。
なおユダヤ教・キリスト教・イスラームは今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその伝承と観念の歴史に関する学術的な整理である。