羿
后羿 · げい · こうげい
中国神話の英雄的な射手。十個の太陽が同時に昇り大地を焦がしたとき、その九つを射落として世を救ったと伝えられる。西王母から不死の薬を得たが、妻の嫦娥がそれを持って月へ昇った。
解説
概要
羿(げい、Yì)は、中国神話に語られる英雄的な射手である。后羿(こうげい)とも呼ばれる。十個の太陽が同時に天へ昇って大地を焼いたとき、神弓をとってその九つを射落とし、世を旱魃(かんばつ)から救ったと伝えられる。数々の怪物をも討ち平らげた弓の名手であり、西王母から不死の薬を授かった者としても知られる。
神話・物語
羿の名を不朽にしたのは、十日(じゅうじつ)を射る物語である。『淮南子』本経訓によれば、堯(ぎょう)の治世、天帝の子とされる十の太陽——それぞれ三足烏を宿す——が一斉に昇り、草木は枯れ、大地は炎に焦がされた。人々の苦しみを見た羿は、弓をとって九つの太陽を射落とし、ただ一つを天に残したという。あわせて、鑿歯(さくし)・九嬰(きゅうえい)・大風(たいふう)・修蛇(しゅうだ)・封豨(ほうき)といった人を害する怪物を、羿は次々に退治した。
やがて羿は、崑崙山の西王母のもとを訪ね、不死の薬を得る。ところがその薬は、妻の嫦娥(じょうが)が口にして月へと飛び去り、羿の手を離れた(→嫦娥)。天下の災いを除いた英雄でありながら、みずからは不死を取り逃がしたという結末が、羿の物語に深い哀感を添えている。
なお、堯の時代の射手・羿と、のちに夏王朝を簒奪した有窮(ゆうきゅう)の后羿とは、しばしば混同されるが、本来は別の伝承に属するものとみられる。
図像と象徴
羿の図像は、弓を引き絞り、天の太陽を射る姿を中心とする。明末清初の蕭雲從(しょううんじゅう)が『天問図』に描いた射日図は、その代表的な作例として知られる。日輪と、射落とされて墜ちる三足烏を配し、英雄の一射の張りつめた一瞬を捉えている。弓矢は、つねに羿を象徴する持物であった。
系譜と関係
羿は、妻の嫦娥と対で語られることが多い。不死の薬をめぐる二人の物語は、月の女神・嫦娥の由来譚と分かちがたく結びついている。西王母は、その薬の授け手として羿の物語にかかわる。
文化的足跡
羿が太陽を射る神話は、中秋節に月を仰ぐ嫦娥の物語とともに、東アジアで広く親しまれてきた。射日の英雄という主題は、詩歌や絵画、そして現代の創作にもたびたび取り上げられている。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。