ハマドリュアス
ハマドリュアデス · ハマドリアス · 木の精
一本の木と生死を共にする木のニュンペー。宿る木が枯れれば自らも死ぬ点で、ほかのドリュアスと区別される。
解説
概要
ハマドリュアス(Ἁμαδρυάς / Hamadryad)は、樹木に宿るニュンペーである。名はハマ(共に)とドリュス(樫、転じて樹木一般)から成り、「木と共にあるもの」を意味する。
ドリュアス(木のニュンペー)一般と区別されるのは、その結びつきの強さである。ハマドリュアスは一本の木と生死を共にする。木が枯れれば彼女も死に、木が切り倒されれば彼女も倒れる。森を歩き回るドリュアスとは、そこが違う。
登場する物語
この設定は、そのまま伐採をめぐる説話を生む。木を切ろうとした者が、幹から流れる血と声に驚く——という筋が繰り返し語られた。もっともよく知られるのはエリュシクトーンの話である。デーメーテールの聖林の巨大な樫を切り倒したこの男に、宿っていたニュンペーは死に際に呪いをかけた。女神が遣わした飢餓の精リーモスに取り憑かれ、彼はどれほど食べても飢え続け、ついに自らの肉を食って死ぬ。木を切ることが冒瀆になるという観念が、この一族の存在理由である。
もう一つの型が、木を助けた者への報いである。アポローニオスの古註が伝えるところでは、ロイコスという男が倒れかけた樫を支え直したところ、宿るニュンペーが現れて望みを尋ねた。男が同衾を願うと、女は承知し、蜜蜂を使いに立てて合図を送ると約束する。だが蜂が来たとき、ロイコスは博打に興じて邪険に追い払った。怒ったニュンペーは彼の目を潰した。
数と名も語られる。アテーナイオス『食卓の賢人たち』が引くところでは、オクシュロスとハマドリュアスの娘として八人の姉妹が挙げられ、それぞれが特定の樹種を司る。カリュア(胡桃)、バラノス(樫)、クラネイア(山茱萸)、モレアー(桑)、アイゲイロス(黒楊)、プテレアー(楡)、アンペロス(葡萄)、シューケー(無花果)である。アンペロスの名がここにも現れる。葡萄の木に宿るニュンペーであり、ディオニューソスに愛された若者とは別の存在だが、同じ語が人と精の双方を指していることになる。
図像と象徴
ハマドリュアスを名指した古代の作例は知られていない。木のかたわらに立つ女性という図柄は、ニュンペー一般と区別がつかないためである。木から半身を現す姿——近世以降の絵画が好んだ型——は、古代の図像の伝統には見当たらない。
近世以降、この一族は絵画と彫刻の主題として盛んに取り上げられた。ウォーターハウス《ハマドリュアス》(1895年)、コワズヴォックスの彫像などが知られる。いずれも樹皮から生まれ出る裸身の女という造形で、古代の記述にはない姿を近代が与えたことになる。
本項では、同定の確かな古代の作例がないため主画像を置いていない。
関係する神格・退治した英雄
ニュンペーの一種であり、ドリュアスの下位分類にあたる。アルテミスやパーンと同じ山野の領分に属し、ディオニューソスの一行に加わることもある。木を切った者を罰する点で、聖域を守る神格と同じ働きをする。
文化的足跡
コブラ科のキングコブラの旧属名ハマドリアス(Hamadryas)に、この名が用いられた。樹上に棲むためとされる。またマントヒヒの学名 Papio hamadryas、タテハチョウ科のハマドリアス属にも同じ名が採られている。木に宿る精の名が、木に棲む生き物の学名として広く用いられたことになる。
近代の環境思想が、この一族の物語を引くことがある。木を切れば宿るものが死ぬという観念は、自然と人の関係を語る比喩として読みやすいためである。ただし古代の説話の主題は自然保護ではなく、聖なるものを侵す冒瀆への罰であった。