アンペロス
アンペロース · アムペロス · Ampelus
ディオニューソスに愛された美しいサテュロスの若者。牡牛に殺され、その体から最初の葡萄の木が生まれた。
解説
概要
アンペロス(Ἄμπελος / Ampelos)は、ディオニューソスに愛されたサテュロスの若者である。名はギリシア語でそのまま「葡萄の木」を意味する。その死から最初の葡萄の木が生まれ、血から葡萄酒が造られたと語られる。
葡萄という植物の起源譚であり、同時に、酒神が失った恋人の物語でもある。
神話・物語
この人物を詳しく語るのは、5世紀の詩人ノンノス『ディオニューソス譚』である。アンペロスは美しい若者で、神はその死を予め知りながら愛した。
死の次第はこうである。野生の牡牛の背に乗ったアンペロスは、思い上がって月の女神セレーネーに呼びかけた——「降参しろ、セレーネー、角ある牛飼いよ。いまや私は両方だ。角を持ち、牡牛に乗っている」。嫉妬した女神は牛追いの虻を送る。鋭い針に刺され続けた牡牛は道なき道を駆け、若者を振り落として角にかけた。月に張り合った者が牛によって死ぬという筋であり、驕りへの罰の型に従っている。
嘆いたディオニューソスは、その体を最初の葡萄の木に変え、血から葡萄酒を造った。悲しみが酒を生んだことになる。ノンノスの物語において、葡萄酒は喜びの飲み物である前に、喪の産物である。
オウィディウス『祭暦』が伝える形は、これとかなり違う。「無鉄砲な若者は、枝の色鮮やかな葡萄を摘もうとして落ちた。リーベル(ディオニューソス)はその失われた少年を星々へと上げた」。ここでは牡牛も月の女神も出てこない。木から落ちて死んだ若者を、神が星に変えた——星に上げられた先は、うしかい座のなかのウィンデーミトル(葡萄摘みの星)である。この星は葡萄の収穫期に明け方の空へ昇り、それが摘み取りの合図とされた。農事暦の一つの星に、由来譚が与えられているわけである。
同じ人物について、一方は葡萄の木そのものの起源を、他方は葡萄摘みの星の起源を語る。どちらも葡萄に関わりながら、話の型はまったく別である。
なお、アンペロスの名は、木のニュンペーであるハマドリュアスの一種としても現れる。葡萄の木に宿るニュンペーを指す語であり、こちらは複数形でアンペロイと呼ばれる。同じ名が、若者を指す場合と、木の精一般を指す場合の双方に用いられていることになる。
図像と象徴
古代美術における定型は明確である。ディオニューソスが若い従者に寄りかかって立つ群像であり、神は片腕を若者の肩に回し、体重を預けて弛緩した姿勢をとる。酔いによって自ら立てない神を、若者が支える。
本項に掲げたのは、ローマのラ・トルタ出土の大理石像(後150年から200年頃、大英博物館)である。前2世紀のギリシア原作のローマ期模刻とされる。同じ型の作例は各地に残り、フィレンツェのウフィツィ美術館の群像もその一つだが、そちらは記述が「サテュロスに寄りかかるバックス」とあるのみで、若者をアンペロスと名指してはいない。この型の群像において、支える若者をアンペロスとするか無名のサテュロスとするかは、しばしば決めがたい。銘を伴う作例が乏しいためである。
牡牛に殺される場面を描いた古代の作例は知られていない。ノンノスが5世紀の詩人であり、その物語が図像の伝統より遅れて成立したためとみられる。この場面が絵になるのは、ヤン・ミール(作とされる)の油彩など、近世以降である。
関係する神格・退治した英雄
ディオニューソスに愛された。サテュロスの一人とされるが、シーレーノスや一般のサテュロスのように酒神の一行(ティアソス)を構成する存在ではなく、あくまで個人として語られる。死をもたらしたのはセレーネーの遣わした虻と、それに狂った牡牛である。
文化的足跡
ギリシア語のアンペロスは葡萄の木を指す普通名詞であり、そこから植物学の用語が作られた。ブドウ科の学名アンペロプシス(Ampelopsis、ノブドウ属)、葡萄栽培学を意味するアンペログラフィー(ampelography)などである。神話の若者の名が、そのまま葡萄を扱う学問の語根になっている。
もっとも順序は逆で、普通名詞が先にあり、それに人格が与えられたと考えるのが自然である。葡萄の木という語が、なぜその名なのかを説明するために一人の若者が構想された——由来譚とはそういう仕組みで作られる。