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ゴリアテ
PLATE — גָּלְיָת
ABRAHAMICA · 一神教の伝承
גָּלְיָת

ゴリアテ

ゴリアテ · ゴリアト · Goliath

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ダビデに投石器で倒されたペリシテの巨人。その身長はマソラ本文で約2.9メートル、より古い死海文書では約2メートルであり、伝承の過程で伸びた。『サムエル記下』はエルハナンが倒したと記し、武勲が後にダビデに帰されたとする説が有力。

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解説

概要

ゴリアテは、旧約聖書の『サムエル記』に登場する、ペリシテ人の巨人の戦士である。イスラエルの人々に一騎打ちを挑み、まだ若い羊飼いだったダビデが投石器の石でこれを倒した。ただし、その身長は写本によって大きく異なり、また別の箇所ではゴリアテを倒したのはダビデではないとされている。聖書の本文を読み比べることで、英雄の伝承が形づくられていった過程をうかがうことができる。

なお本サイトの分類では、アブラハムの体系に含めて扱う。

伸びていった身長

『サムエル記上』17章4節に記されたゴリアテの身長は、写本によって異なる。今日のヘブライ語聖書のもとになったマソラ本文では、六キュビト半(約2.9メートル)とされている。一方、死海文書の写本、ギリシア語訳の七十人訳、そして歴史家ヨセフスは、四キュビト半(約2メートル)とする。死海文書の写本は、マソラ本文よりも古い。語り継がれるうちに、ゴリアテの身長が伸びていった可能性が高いのである。写本どうしの違いが、伝承の成長を物語っている。

倒したのは誰か

『サムエル記下』21章19節には、別の記述がある。「ベツレヘム人ヤレオレギムの子エルハナンが、ガテ人ゴリアテを殺した」というのである。ここではゴリアテを倒したのは、ダビデではなくエルハナンとされている。後の『歴代誌上』20章5節は、これを「エルハナンは、ガテ人ゴリアテの兄弟ラフミを殺した」と書き換えている。後の時代の編集者が、食い違いを解消しようとしたのである。エルハナンの記述のほうが古く、のちにこの武勲が、より有名な英雄ダビデに帰されたとする説が有力である。別の人物の武勲がより名高い英雄のものとされていくのは、各地の英雄の物語に見られることである。

ペリシテ人

ペリシテ人は、紀元前12世紀に東地中海からカナンの沿岸に移り住んだ「海の民」の一派とされる。考古学や近年のDNAの分析は、エーゲ海の方面から移ってきたことを支持している。ペリシテ人は鉄器の技術で優位に立っていたとされ、ゴリアテの武具が細かく描写されているのは、この技術の差を映したものとみられる。この地域を指す「パレスチナ」の名は、ペリシテ人に由来している。

図像と象徴

本サイトが掲げるのは、ゴリアテを描いた図である。

ゴリアテは、ネフィリムやレファイムと同じく、征服される側の巨人という型に属している。

関わる伝承

ダビデに倒され、ネフィリムやレファイムと同じ系列に属する。

文化的足跡

「ダビデとゴリアテ」は、弱い者が強い者を倒す構図のたとえとして、今日も世界じゅうで用いられている。ミケランジェロ、ドナテッロ、カラヴァッジョらの作品がよく知られている。

なおユダヤ教・キリスト教・イスラームは今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその伝承と観念の歴史に関する学術的な整理である。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q192785 — 骨格データの出典