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奪衣婆
PLATE — 奪衣婆
DHARMA · 仏教の尊格
奪衣婆

奪衣婆

だつえば · 脱衣婆 · 葬頭河婆

西福寺の奪衣婆像/CC BY-SA 3.0 CC BY-SA 3.0

三途の川で亡者の衣を剥ぎ取る老婆の鬼。剥いだ衣を懸衣翁が樹に掛け、枝のしなりで罪の重さを量る。12世紀末の日本製偽経に初出。江戸時代には咳の神・子供の守り神として民間で信仰された。

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解説

概要

奪衣婆(だつえば)は、三途川(葬頭河)で亡者の衣服を剥ぎ取る老婆の鬼である。脱衣婆、葬頭河婆、正塚婆、姥神、優婆尊とも言う。

多くの地獄絵図に登場する奪衣婆は、胸元をはだけた容貌魁偉な老婆として描かれている。『熊野観心十界曼荼羅』に登場する奪衣婆は、獄卒の鬼よりも大きい。

役割

日本の仏教では、人が死んだ後に最初に出会う冥界の官吏が奪衣婆とされている。奪衣婆は盗業を戒めるために盗人の両手の指を折る。そして亡者は奪衣婆に衣服を剥ぎ取られ全裸にされる。

剥ぎ取られた衣類は懸衣翁という老爺の鬼によって、川の畔に立つ衣領樹という大樹に掛けられる。衣領樹に掛けた亡者の衣の重さにはその者の生前の業が現れ、衣が掛けられた衣領樹の枝のしなり具合で罪の重さがはかられ、その重さによって死後の処遇を決めるとされる。

起源

経典での奪衣婆の初出は、中国の経典『仏説閻羅王授記四衆逆修七往生浄土経』をもとに、日本で12世紀末に成立した偽経『仏説地蔵菩薩発心因縁十王経』である。日本で作られた経典に、日本で作られた鬼が現れる。

『法華験記』(1043年)には、奪衣婆と同様の役を果たす鬼女の記述があり、11世紀にはこの観念が形成されていたとみられる。

図像と象徴

本サイトが掲げるのは、西福寺の奪衣婆像である。

老婆が片膝を立てて坐し、衣を手に持つ姿が定型である。胸をはだけ、目を見開き、口を開ける。

衣を剥ぐという行為が、この鬼を規定する。死者は衣とともに生前の身分を剥がれ、裸で裁きを受ける。衣の重さが罪の重さになるという発想は、衣が生前の行為を吸っているという理解に基づく。

江戸時代には、奪衣婆が咳の神、子供の守り神として民間で信仰された。恐ろしい鬼が守護神に転じる例である。

関わる神格・伝承

懸衣翁と対をなす。閻魔の配下。十王の系列に属する。

イザナミとの習合もある。黄泉の女神と三途の川の老婆が、いずれも死者の世界の入口にいる女として重ねられた。

文化的足跡

東京・新宿の太宗寺、正受院など、奪衣婆を祀る堂は各地にある。正受院の奪衣婆は「綿のおばば」と呼ばれ、綿を供えて咳の平癒を祈る習俗がある。

なお日本の仏教と神道は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその尊格の伝承と図像に関する学術的な整理である。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q511574 — 骨格データの出典