懸衣翁
けんえおう · けんねおう · Keneō
三途の川のほとりで、奪衣婆が剥いだ亡者の衣を衣領樹の枝に掛け、その垂れ具合で罪の重さを量る老人の鬼。裸の亡者からは生皮を剥ぐという。衣領樹の観念は日本の偽経で付け加えられた。
解説
概要
懸衣翁(けんえおう、けんねおう)とは、死後の世界の三途の川のほとりにある衣領樹という木の上、または川辺にいる奪衣婆の隣にいるといわれる老人の鬼である。
役割
奪衣婆とともに十王の配下で、奪衣婆が亡者から剥ぎ取った衣類を衣領樹の枝にかけ、その枝の垂れ具合で亡者の生前の罪の重さを計るとされる。
罪の重い亡者は三途の川を渡る際、川の流れが速くて波が高く、深瀬になった場所を渡るよう定められているため、衣はずぶ濡れになって重くなり、衣をかけた枝が大きく垂れることで罪の深さが示されるのである。
三途の川には三つの渡り方がある。善人は橋を渡り、軽い罪の者は浅瀬を、重い罪の者は深瀬を渡る。それゆえ衣の濡れ方が罪の重さを反映する。
また亡者が服を着ていない際は、懸衣翁は衣の代わりに亡者の生皮を剥ぎ取るという。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、十王図に描かれた懸衣翁である。
老人が衣領樹の傍らに立ち、衣を枝に掛ける姿で表される。奪衣婆と対で描かれることが多く、単独の造像は少ない。
衣を掛けるという行為が、この鬼を規定する。奪衣婆が剥ぎ、懸衣翁が掛ける。二人の老いた鬼の分業が、罪の計量という一つの手続きを構成している。
裸の亡者の皮を剥ぐという細部は、衣を持たない者にも計量を免れさせないという冥界の徹底を示す。
関わる神格・伝承
奪衣婆と対をなす。閻魔の配下。十王の系列に属する。
衣領樹という樹木も、日本の冥界観に固有の要素である。中国の十王信仰にはこの樹の観念はなく、日本の偽経『仏説地蔵菩薩発心因縁十王経』において付け加えられた。
文化的足跡
奪衣婆に比べて懸衣翁は民間信仰の対象になることが少なく、地獄絵図のなかで奪衣婆の傍らに描かれる存在として記憶されている。
なお日本の仏教と神道は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその尊格の伝承と図像に関する学術的な整理である。