クレーテーの牡牛
クレータの牡牛 · マラトーンの牡牛 · クレタの牡牛
ポセイドーンが海から送った白い牡牛。ミーノータウロスの父であり、第七の功業で捕らえられ、のちマラトーンの牡牛としてテーセウスに討たれた。
解説
概要
クレーテーの牡牛(Κρὴς ταῦρος)は、ポセイドーンが海から送った雪のように白い牡牛である。ミーノース王がこれを惜しんで供犠に出さなかったため、王妃パーシパエーがこの牛に恋するよう仕向けられ、生まれたのがミーノータウロスであった。
牡牛はのちに狂って島を荒らし、これを生け捕りにすることがヘーラクレースの第七の功業となる。ミーノータウロスの父であり、テーセウスが退治するマラトーンの牡牛でもある。クレータとアテナイの神話をつなぐ蝶番の位置にいる。
登場する物語
ミーノースは、兄弟ではなく自分に王位があることを示すため、ポセイドーンに徴を求めた。海から純白の牡牛が現れる。ただしこれを神に捧げ返すという約束であった。あまりに見事な牛を惜しんだミーノースは、別の劣った牛を代わりに屠る。
怒ったポセイドーンはアプロディーテーを通じて王妃パーシパエーに呪いをかけ、この牛への恋を負わせた。ダイダロスの作った牝牛の作り物によって交わり、生まれたのが牛頭人身のミーノータウロスである。ミーノースはデルポイの神託を仰ぎ、ダイダロスに迷宮を造らせて子を閉じ込めた。
牛のほうにも神の怒りが移り、島を荒らし始める。ヘーラクレースの十二功業の第七で、ヘーラクレースはクレータへ渡った。ミーノースは害獣を持ち去ってくれるならと許しを与える。英雄は素手で牡牛を組み伏せ、船でティーリュンスへ運んだ。
エウリュステウスのもとを離れた牡牛は、そのままアッティカへ迷い込んでマラトーンの野を荒らす。以後この牛はマラトーンの牡牛と呼ばれた。ミーノースの子アンドロゲオースがこの牛に踏み殺されたことがアテナイとクレータの戦の原因となり、敗れたアテナイは若者を貢ぎ物としてミーノータウロスに差し出すことになる。最後にこの牛を捕らえたのはテーセウスで、アテナイへ引いてアテーナー、あるいはアポローンに捧げた。彼はそののちクレータへ渡り、ミーノータウロスを討つ。
図像と象徴
図像は捕縛の一瞬に集中する。ヘーラクレースが牛の角と鼻づらをつかんで押さえ込む型が定型で、前6世紀から繰り返し描かれた。ルーヴル美術館所蔵のアッティカ黒絵レーキュトス(前480〜470年頃、アテナイ出土)はその一例である。
同じ構図がテーセウスとマラトーンの牡牛にも用いられる。銘や周囲の人物がなければ、どちらの英雄かを見分けることは難しい。二つの物語が同じ一頭の牛をめぐるものである以上、図像が共有されるのは自然でもある。
牡牛そのものの意味は、ギリシアより古い層に届く。クノッソスの宮殿には牛を跳び越える若者たちの壁画があり、牛の造形はミノア文明の美術に遍在する。アナトリア南西部やチャタル・ヒュユクの新石器時代の祭祀にも牛は中心的に現れ、大地と豊穣、そして死者の儀礼と結びついていた。
ただし、パーシパエーとこの牡牛の物語がギリシア語文献に現れるのはヘレニズム期以降である。クレータがギリシアの支配下に入ったのちに整えられた筋書きであり、クレータとアテナイを結ぶテーセウス神話の発展の産物と見る研究が有力である。ミノア文明の牛の祭祀がそのまま伝わったわけではない。
関わる伝承
系譜をもたない。神が送った獣であり、親も子もない——ただし、ミーノータウロスの父である点だけが例外である。人と交わって怪物を生むという一点で、他の功業の獣とは性格を異にする。
ゼウスがエウローペーを攫うときに化けた牡牛と同一視する伝えもあるが、これは後代の整理による。牡牛の姿をとるものがクレータの神話に複数現れることから生じた混同である。
文化的足跡
十二功業の連作図像のなかでは、比較的地味な扱いを受けてきた。単独の主題として繰り返し描かれたのは、むしろテーセウスとマラトーンの牡牛のほうである。
一方で、この牡牛はミーノータウロス神話の起点として、迷宮とクレータをめぐる近代の想像力に間接的に関わり続けている。アーサー・エヴァンズによるクノッソス発掘以降、牛跳びの壁画と迷宮の物語が結びつけて語られるようになり、牡牛はミノア文明そのものの象徴として扱われてきた。神話と考古学のあいだの、この結びつきの当否については議論が続いている。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。