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ベクツェ
PLATE — BEGTSE
MONGOLIAN · モンゴル・シベリアの神話
BEGTSE

ベクツェ

ベクツェ · ジャムサラン · Begtse

作者不詳/Tibetan Museum Society PUBLIC DOMAIN

もとモンゴルの戦の神で、チベット仏教の護法尊となった。16世紀にダライ・ラマがモンゴルへ赴いたとき軍を率いて妨げようとしたが、観音の姿を見て帰依したという。この改宗譚は、モンゴルの仏教化という歴史を神々の物語として語り直したものである。

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解説

概要

ベクツェは、チベット仏教で仏法を守る護法尊の一尊で、戦の主とされる。もとはモンゴルの、仏教が伝わる以前からの戦の神であった。名はモンゴル語で「鎖帷子」を意味する語に由来する。16世紀にモンゴルへ向かったダライ・ラマの一行を軍勢で阻もうとしたが、観音の姿を目にして屈服し、仏法の守り手になったと語られる。

なお本サイトの分類では、モンゴル・シベリアの体系に含めて扱う。

屈服して守り手になる

伝承によれば、16世紀、第三代ダライ・ラマのソナム・ギャツォがモンゴルへ赴いたとき、ベクツェは軍勢を率いてその行く手を阻もうとした。ダライ・ラマが観音の姿に変わると、ベクツェは屈服して仏法に帰依し、以後は仏法を守る者となったという。土地の神がはじめは敵として現れ、打ち負かされて仏教の体系に組み込まれるという筋は、チベット仏教が各地の神々を取り込んでいった際の典型的な形であり、ペハルをはじめ多くの護法尊に同じ経緯が見られる。

赤い身体と鎖帷子

ベクツェは赤い身体と三つの目を持ち、名のとおり鎖帷子をまとう。右手には剣を、左手には敵の心臓と肺を持ち、剣の柄は蠍の形をしている。妹のリクパイ・ラモを伴う姿で表されることもある。仮面舞踊チャムでは、ベクツェの仮面が用いられる。

歴史を語る神話

16世紀、モンゴルのアルタン・ハンはダライ・ラマを招き、モンゴルは本格的にチベット仏教を受け入れた。「ダライ・ラマ」という称号はこのとき贈られたもので、「ダライ」はモンゴル語で「海」を意味する。ベクツェが屈服して仏法に帰依する物語は、モンゴルが仏教を受け入れたという歴史上の出来事を、神々の物語として語り直したものといえる。

図像と象徴

本サイトが掲げるのは、モンゴルのタンカ(仏画)に描かれたベクツェである(作者・年代不詳)。赤い身体に三つの目、鎖帷子の甲冑をまとい、右手に剣を振り上げ、左手に心臓を持って、馬にまたがる姿で表されている。

関わる神格・伝承

チベット仏教の護法尊であり、ペハルなどと同じく土地の神から護法尊になった。

文化的足跡

ベクツェの像や仮面はモンゴルとチベットの寺院に多く残り、ウランバートルのチョイジン・ラマ寺院博物館の作例が知られている。

なおモンゴル・シベリアの伝統は今日も継承されている生きた文化であり、本項の記述はその伝承に関する学術的な整理である。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q814397 — 骨格データの出典