小豆洗い
小豆洗い · あずきあらい · 小豆とぎ
日本各地に伝わる妖怪。川辺で小豆を研ぐような音を立てるが、姿を見た者はほとんどいない。音そのものが名を得て全国に広まった、数少ない怪異である。
解説
概要
小豆洗い(あずきあらい)は、川や谷のほとりで小豆を研ぐような音を立てるとされる日本の妖怪である。出没地は山梨・新潟・秋田・群馬・京都・愛媛など全国に及び、その分だけ呼び名も多い。広島や山口では小豆とぎ、岩手では小豆アゲ、長野では小豆ごしゃごしゃ、鳥取では小豆こし、岡山では小豆さらさら、香川では小豆ヤロと呼ばれる。いずれも音を写した名である。姿かたちより先に音があり、その音に名がついた——ここがこの妖怪の要である。
由来と物語
音の由来を語る物語は各地にある。天保12年(1841年)の『絵本百物語』が収める「小豆あらい」では、越後高田の法華宗の寺に日顕という小僧がおり、体に障害を負いながら物を数える才に長け、小豆の量を一合でも一升でも言い当てた。和尚に目をかけられたのを妬んだ円海という僧が小僧を井戸に投げ込んで殺し、以来その霊が夜ごと雨戸に小豆を投げ、夕暮れの川で小豆を洗って数えるようになったという。東京都檜原村では、小豆に小石が混じっていたと姑に責められた女が身を投げてより、その川から研ぐ音がするといい、茨城県那珂郡額田では、落城の前日に出陣する父へ小豆飯を炊いた姫の姿と伝える。
一方、これを怪異とせず正体を当てる伝えも数多い。新潟・長野・大分・福島ではイタチ、岡山・長野・山梨ではキツネ、香川・徳島ではタヌキ、広島ではカワウソ、秋田・福島ではガマガエルが立てる音とされる。津村淙庵の随筆『譚海』はムジナを、根岸鎮衛の『耳嚢』はガマガエルを挙げる。江戸期には小豆洗虫という虫も知られており、妖怪研究家の多田克己はこれを現在のチャタテムシとみる。障子にとまった虫の羽音が紙と共鳴し、小豆を研ぐ音に似て聞こえるという説明である。糸魚川の小砂利浜を歩く音、渓谷の岩壁が発する反響を由来とする説もある。
図像と象徴
音の妖怪であるから、図像は遅れてやってきた。今日ひろく知られる姿を定めたのは『絵本百物語』に添えられた竹原春泉の図で、笠をかぶった小柄な人物が水辺にかがみ、笊で小豆を洗う。陰影を効かせた写実的な筆致は、輪郭線で妖怪を描く江戸の図譜のなかでは異色である。これに対し茨城県や佐渡島の伝承は、背が低く目の大きい法師の姿とし、笑いながら小豆を洗うとする。こちらは縁起のよい妖怪で、娘を持つ女が谷川でこれを目にすれば娘は早く縁づくという。
音の写し方も土地ごとに違う。陸奥白河藩の『白河風土記』(文化2年〔1805年〕)は炭焼き小屋に近づく怪の音を「サクサク」と記し、昭和期に採録された徳島の伝承では「シャリシャリ」とされる。近代に広まった「ショキショキ」は水木しげるの漫画を通じて定着したが、これを柳田國男『妖怪談義』に由来するとする紹介は正確でない。同書の「アズキトギ」の項が伝えるのは、白装束の荒神が米を研ぎながら歌う文句としての「ショキショキ」であって、研ぐ音の擬音ではない。
関わる妖怪
大分県では「小豆洗おか、人取って喰おか」と歌いながら洗うとされ、音に気を取られた者は知らぬまに川べりへ誘われて落とされるという。害意を語る土地がある一方で、音だけがして姿を見た者はいないとする土地もある。類例としては、小豆をはかる音を立てる小豆はかり、老婆の姿をとる小豆婆、井戸や山中で米を研ぐ音を立てる米とぎ婆、夜中に洗濯の音を立てる洗濯狐などがあり、いずれも夜の水辺と穀物の音を核とする。秋田では、小豆洗いのそばに現れて生垣を揺する「くねゆすり」が語られた。
文化的足跡
姿を持たない怪異が名を得て全国に流通した例として、小豆洗いは民俗学の側からくり返し取り上げられてきた。近代には、川原で仲間に音を立てさせ、怖がった連れの女が抱きついてくるのを楽しむという遊びまで生まれている(長野県下諏訪)。現代の漫画・アニメ・ゲームにも登場するが、そこで与えられている造形は近代以降のものであり、各地の伝承が語ってきたのは、あくまで音である。