アンクー
アンコウ · アン・アンクー · アン・アンコウ
ブルターニュの伝承に現れる死の使い。黒衣に鍔広の帽子をかぶり、大鎌と荷車を伴う。教区ごとに一人おり、その年最後に死んだ者が翌年の役を務める。
解説
概要
アンクー(ブルトン語 an Ankoù)は、ブルターニュ、コーンウォール(an Ankow)、ウェールズ(yr Angau)の伝承に現れる死の使いである。
黒衣に顔を隠す鍔広の帽子をかぶった男、あるいは骸骨として現れる。ときには影だけのこともある。大鎌を手にし、死者を集める荷車の上に坐すとも、四頭の黒馬が牽く大きな黒い馬車を駆り、二人の幽鬼を徒歩で従えるともいう。
登場する物語
ブルターニュの民間信仰において、この存在は静止した神話ではなく、役職である。教区ごとに一人ずつおり、その年最後に死んだ者が、翌年一年のあいだその教区のアンクーを務める。務めを終えなければ、自らも来世へ行けない。
アナトール・ル・ブラは『死の伝説』にこう記した——アンクーは死の下働き(oberour ar maro)であり、墓場の番人とも呼ばれる。その年に死者がいつになく多いと、人はこう言う。「わが信仰にかけて、今年のアンクーは性悪だ」(War ma fé, heman zo eun Anko drouk.)。
起源についても複数の伝えがある。アダムとエバの最初の子だとするもの。残酷な王子が狩りの途中で死神に出会い、どちらが先に黒鹿を仕留めるかを競って敗れ、永遠に地上をさまよう呪いを受けたとするもの。死者の王であり、その臣下たちがそれぞれの道を通って神聖な行列をなすとするものもある。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、ブルターニュのラ・ロシュ=モーリスにあるサン=ティヴ教会の納骨堂の聖水盤である。骸骨の姿のアンクーが彫られ、人の首を手にしている。教会の建造物そのものに死の使いが刻まれているという点が、この存在の位置を示している。ラ・マルティールの洗礼盤にも同じ主題がある。
大鎌と荷車が持物である。ただしこの鎌は刃が外向きに取りつけられており、手前へ引くのではなく前へ薙ぐ。通常の農具とは逆であることが、しばしば指摘される。
音もまた徴である。家の外で聞こえる車輪の軋みは「アンクーの手押し車」(Karrigell an Ankou)と呼ばれ、梟の鳴き声は「アンクーの鳥」(Labous an Ankou)と呼ばれた。姿を見るのではなく、音で気づく存在である。
関わる伝承
ブルターニュの伝承には、死に関わる存在が複数いる。夜の洗濯女たち(lavandières de la nuit)は、月明かりの泉や川で、まもなく死ぬ者の経帷子を洗うとされる霊で、アンクーとは別の系列に属する。
死の擬人化そのものは各地にある。アイルランドのデュラハンは首のない騎手として現れ、ウェールズのアラウンは異界の王である。ただしアンクーの特異な点は、抽象概念でも異界の主でもなく、毎年交代する人間の役目とされていることである。死は外から来るのではなく、共同体の内側から供給される。
文化的足跡
ブルターニュにおいて、この存在は現代まで語られ続けてきた。アナトール・ル・ブラが19世紀末に集めた口承は、その最も重要な記録である。
日本語圏では「ブルターニュの死神」として断片的に紹介されてきたが、教区ごとに一人という制度的な性格まで触れられることは少ない。大鎌を持つ骸骨という姿は西欧に共通する死の図像であっても、その中身は共同体の記憶と結びついた土地固有のものである。