アバルタ
アーバルタハ · アバルタハ · Abarta
フィン・マックールに従僕として仕えると偽り、贈った荒馬でフィアナの戦士十四人を異界へ連れ去ったアイルランドの人物。トゥアハ・デ・ダナーンともフォモール族とも伝えられる。
解説
概要
アバルタ(Abarta、アーバルタハ Ábartach とも。「業を為す者」を意味するか)は、アイルランド神話の人物である。トゥアハ・デ・ダナーンの一員とする伝えと、フォモール族の一員とする伝えがある。
フィン・マックールとフィアナをめぐる物語に現れ、その策略で知られる。
登場する物語
フィンが父を継いでフィアナ騎士団の長となって間もない頃、アバルタは自らを従僕として差し出した。そして好意の証として、一頭の灰色の荒馬を贈る。この馬は、フィアナの十四人が背に乗るまで動きもしなかった。
そこへアバルタ自身が最後に跨る。馬は駆け出し、乗っていた戦士たちを異界へ連れ去った。ミレー族に追われて地下へ退いたトゥアハ・デ・ダナーンの領する場所である。
残されたフィアナは、フィンの補佐フォルトルに率いられ、魔法の船を手に入れてこの馬を追った。フィアナ随一の追跡者であったフォルトルは、異界への航路を見つけ出す。アバルタは捕らわれた戦士たちを解放させられ、名誉を満たすために、馬の尾に掴まったままアイルランドまで引きずられて帰ることになった。
この一件のため、アバルタは以後フィアナへの加入を拒まれた。
図像と象徴
図像は伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。
物語の構造に注目したい。贈り物として渡された馬が罠であり、それに乗った者が異界へ運ばれる。同じ型はアハ・イシュケをはじめとする水馬の伝承にも見られ、乗せて連れ去る馬という形象はケルト圏に広く分布する。ただしアバルタの馬は水に引き込まず、異界へ運ぶ。そして戦士たちは殺されず、交渉によって取り戻される。
罰の形も特徴的である。馬の尾に掴まって引きずられるという屈辱は、殺害でも賠償でもなく、名誉の回復として設定されている。アイルランドの物語における面目の重さを示す一場面といえる。
関わる伝承
トゥアハ・デ・ダナーンともフォモール族とも伝えられ、所属が定まらない。二つの種族のあいだを行き来する人物像は、エラハやブレスをめぐる系譜の混乱とも通じる。
フィアナ伝説群のなかでは、外から来て試練を仕掛ける存在の一人にあたる。フィンの一党は繰り返しこうした来訪者に試され、そのつど誰かの技——ここではフォルトルの追跡術——によって切り抜ける。個人の武勇ではなく、集団の分業が解決をもたらすという型である。
文化的足跡
日本語圏でこの人物が紹介されることはまずない。フィアナ伝説群そのものが、クー・フーリンを中心とするアルスター物語群に比べて訳出の機会が少ないためでもある。
名が「業を為す者」を意味するとすれば、それは彼が仕掛けた一つの企てにそのまま対応する。行為によって名を得る人物は、アイルランドの物語に数多い。