トナンツィン
トナンツィン · 我らの母 · Tonantzin
「我らの母」を意味するナワトル語の称号で、コアトリクエやシワコアトルら複数の母神への呼びかけ。テペヤックの丘にその聖所があったとされ、同じ丘で始まったグアダルーペの聖母の信仰との連続性が今日も議論されている。
解説
概要
トナンツィン(古典ナワトル語 Tonāntzin)は、ト「我らの」+ナン「母」+ツィン(敬称の接尾辞)から成るナワトル語の称号である。
トナンツィンに直接呼びかけるとき、男は接尾辞のついた呼格トナンツィネを、女は接尾辞のない呼格トナンツィンを用いる。
なお本サイトの分類では、アステカの体系に含めて扱う。
称号としての性格
トナンツィンは固有名ではなく、母なる女神への呼びかけである。
「母なる大地」「糧の女神」「敬われる祖母」「蛇」といった女神が、この称号で呼ばれた。コアトリクエ、シワコアトル、トシらが該当する。
複数の女神に共通する呼称であり、特定の一柱を指さない。
テペヤックとグアダルーペ
メキシコシティ北方のテペヤックの丘には、征服前にトナンツィンを祀る聖所があった。
1531年、この丘で先住民フアン・ディエゴの前に聖母が現れたとされ、グアダルーペの聖母の信仰が始まった。
サアグンの記述。 ベルナルディーノ・デ・サアグンは、先住民がグアダルーペの聖母を「トナンツィン」と呼ぶことを憂慮した。
彼は、これが真の改宗ではなく、古い女神への信仰が名を変えて続いているのではないかと記した。
議論。 テペヤックに征服前の女神の聖所があったか否か、グアダルーペ信仰がトナンツィン信仰の継続であるか否かは、今日も議論が続いている。
考古学的な証拠は乏しく、サアグンの記述が主要な根拠である。一方、グアダルーペの聖母がメキシコの国民的な象徴となった経緯において、先住民との結びつきが決定的であったことは確かである。
本項は、この議論に決着をつけるものではなく、両論を記す。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、チュルブスコのトナンツィンの図である。
関わる神格・伝承
コアトリクエ、シワコアトル、トシらの称号。グアダルーペの聖母と結びつけられる。
文化的足跡
グアダルーペの聖母は、今日もメキシコで最も広く信仰される。12月12日の祝日には、数百万の巡礼者がテペヤックに集まる。
チカーノ運動をはじめとするメキシコ系アメリカ人の文化において、トナンツィン=グアダルーペの重層は、先住民の記憶の象徴として繰り返し取り上げられてきた。