スプンタ・マンユ
スペンタ・マンユ · スプンタ・マンユ · 聖霊
ゾロアスター教におけるアフラ・マズダーの創造的な霊。ガーサーでは破壊の霊アンラ・マンユと双子をなし、選択によって善と悪に分かれたと説かれる。
解説
概要
スプンタ・マンユ(アヴェスター語 Spənta Mainyu、「聖なる霊」「恵み深き霊」)は、ゾロアスター教におけるアフラ・マズダーの創造的な霊である。
『ガーサー』において、アフラ・マズダーの双子の霊の一方として現れる。もう一方が破壊の霊アンラ・マンユ——アンラ・マンユである。
神話・物語
『ヤスナ』第30章が、この教説の中核をなす。
そこに二つの原初の霊が語られる。双子であり、夢のうちに知られた者たちである。二つの霊は思いにおいて、言葉において、行いにおいて、善と悪である。この二つのあいだで、よく為す者は正しく選び、悪しく為す者はそうしない。
この二霊が出会ったとき、生と非生を定めた。世界の終わりにおいて、偽りに従う者には最悪の存在が、真理に従う者には最善の思いが与えられる。
スプンタ・マンユが選んだのは真理(アシャ)であり、アンラ・マンユが選んだのは偽り(ドゥルジ)である。選択が二霊を分かつのであって、本性が最初から異なるのではない——『ガーサー』の記述はそう読める。
後代のゾロアスター教では、教説の形が変わる。スプンタ・マンユはアフラ・マズダー自身と同一視されるようになり、対立の構図はアフラ・マズダー対アンラ・マンユという形をとる。ズルワーン主義においては、ズルワーン(時間)を父として二霊が生まれたとされた。
図像と象徴
図像は伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。ゾロアスター教は神格を人の姿に造ることを原則としない。
象徴として重要なのは、選択という一点である。二霊は生まれつき善と悪であったのではなく、選ぶことによって善と悪になった。ゾロアスター教の倫理が、この一句に集約されている。人もまた同じ選択の前に立つ、という構成である。
アムシャ・スプンタ——アフラ・マズダーから発する七つの神的存在——の一柱に数えられることもある。この場合、スプンタ・マンユは七柱の筆頭にあたり、他の六柱(ウォフ・マナフ、アシャ・ワヒシュタ、フシャスラ・ワルヤ、スプンタ・アールマティ、ハルワタート、アムルタート)を統べる位置に置かれる。
関わる神格・伝承
父はアフラ・マズダー(あるいはズルワーン)。双子はアンラ・マンユ。ウォフ・マナフらアムシャ・スプンタと組をなす。
善と悪を対称な二原理として立てるこの構成は、二元論の代表例として西洋思想史でも繰り返し論じられてきた。ただし『ガーサー』の段階では、二霊はいずれもアフラ・マズダーに由来する。対称性は完全ではない。
文化的足跡
日本語圏では、ゾロアスター教といえばアフラ・マズダーとアンラ・マンユの対立として紹介されるのが常である。しかし『ガーサー』の古い層では、アンラ・マンユと対をなすのはアフラ・マズダーではなくこの霊である。
教義の変化——双子の一方が父と同一視されるようになる過程——を追うことは、ゾロアスター教の歴史を理解する要にあたる。当DBの ahura-mazda・angra-mainyu・zurvan の三記事がこの名に言及しながら受け皿を欠いていたのは、そのぶん惜しい状態であった。