プソグラヴ
パソグラヴ · パソグラヴァツ · プソフラヴェツ
バルカン半島の民間伝承に語られる犬頭の人食い。人の身体に馬の脚、鉄の歯、額に一つの目を持つ。太陽の昇らない宝石の国に住み、墓を暴いて死者を食らうという。
解説
概要
プソグラヴ(Псоглав / Psoglav、「犬の頭」)は、バルカン半島の民間伝承に語られる人食いの怪異である。信仰はボスニアの一部とモンテネグロに広く分布し、クロアチアのイストリア半島にも多くの伝説が残る。
人の身体に馬(あるいは山羊)の脚、犬の頭、鉄の歯、そして額に一つだけの目。ギリシアのキュクロープスを思わせるこの取り合わせが、この怪異の定型である。日の当たらない暗い土地に住み、そこには宝石が豊かに埋まっているという。人をとらえて食い、墓を掘り返して死者の肉を食らう。
登場する物語
物語らしい物語というより、恐れの記述が残る。
住処は暗黒の国である。太陽が昇らず夜が明けない土地で、宝石が豊かに埋まっている。その国は軍勢に守られており、外に出られないようになっているという(「ロシア皇帝の国に留まるため」という言い方が伝わる)。クロアチアのクライナのセルビア人は、彼らがムラチャイのどこかの洞窟に住んでいると語った。
食い方には土地ごとの好みがある。クロアチアのセルビア人のあいだでは、サンシュユの実を食べた人間を好むといい、クロアチア人のあいだでは女の乳房を噛みちぎるのを好むといった。話の筋のなかでは子どもを狩る。ボスニア・ヘルツェゴヴィナの伝えでは、墓から遺体を掘り出して食う。暗い国の宝石を掘り、畑を耕すこともあると語られ、人の暮らしの型をなぞる場面もある。それでも本来は人食いであり、とりわけ子どもの肉と死骸を好むとされた。
身を隠す方法も伝わっている。馬糞のなかに潜れば、プソグラヴに嗅ぎつけられない。
図像と象徴
南スラヴの民間美術にプソグラヴを描いた古い作例は知られていない。本項の主画像は、ハルトマン・シェーデル『ニュルンベルク年代記』(1493年)の木版画で、犬の頭を持つ人として描かれた「キュノケファルス」である。
この図を掲げるのには理由がある。プソグラヴという観念そのものが、翻訳文献を通じてスラヴ圏に入ってきたものだからである。犬頭人の伝えはヨーロッパでは古代ギリシアにさかのぼる(キュノケファロス κυνοκέφαλος)。ヘシオドスがすでに触れており、前4世紀にインドから帰ったクテシアスは、インドの山中に犬の頭を持ち犬より長い歯を備えた人々が住み、獣の皮を着て生肉を食い、人の言葉は解するが話すことはできず吠えるだけだと書き留めた。スラヴ人がこの像を得たのはビザンツ経由の翻訳文献か、ラテン語の資料を通じてである。最も早いものの一つが『アレクサンドリス』(アレクサンドロス物語)で、その翻訳は13世紀にさかのぼる。1493年のドイツの木版は、この同じ系譜の別の枝にあたる。
象徴としては、一つ目と犬頭という二つの欠如が重なっている。人でありながら人の顔を持たず、人の言葉を話せない。共同体の外側にあるものを名づけるための像である。ボスニアとモンテネグロで「暗黒の国から来る者」とされたことも、この性格に沿う。
関係する神格・退治した英雄
犬頭の怪異という観念は、スラヴ諸語のほぼ全域に名を残している。セルビア語ではパソグラヴ、プソグラヴ、パソグラヴァツ、ツォグラヴァツ。クロアチア語ではパスヤン、ペスヤク、ペソグラヴァツ。スロヴァキア語ペソグラヴ、ブルガリア語ペソグラヴェツ、ツォグラヴェツ、ロシア語ペシゴロヴェツ、チェコ語プソフラヴェツ、ポーランド語プシグウォヴィエツ。ヴク・カラジッチは1818年の『セルビア語辞典』に「犬の頭を持つ人」の意でプソグラヴを収めている。
巨人と重ねられることも多い。クロアチアのクライナのセルビア人は彼らをジガンデ(イタリア語 gigante「巨人」から)と呼び、セルビアのレスコヴァツ周辺ではディヴラニと呼んだ。
一つ目という点ではキュクロープスと、犬の頭という点ではエジプトのアヌビスと並べられることがあるが、いずれも系譜のつながりを示すものではない。前者は共通の型、後者は無関係な別系統である。スラヴ圏内では、墓を暴いて死者を食うという点でストシガや吸血鬼の観念と隣り合う。
文化的足跡
犬頭人の主題そのものは、東方正教会にも別の形で入っている。聖クリストフォロスを犬頭の姿で描く伝統がそれで、東欧とバルカンのイコンに作例が残る。悪しき人食いの怪異と、キリストを担って渡る聖人とが、同じ「犬の頭」という徴を共有しているのは奇妙な巡り合わせである。
現代では、ボスニア出身の作家や漫画家がこの怪異を題材にしている。日本語圏では「バルカンの犬頭の魔物」として、ゲームやTRPGの資料に紹介されることが多い。
なお、チェコには「プソフラヴツィ(犬頭党)」と呼ばれた人々がいるが、これは17〜18世紀のホト地方の農民が旗印に犬の頭を掲げたことに由来する歴史上の呼称であり、この怪異とは直接の関係がない。名の一致だけで結びつけないほうがよい。